子どもが怖がるものと言ったら、「おばけ」と考える方が多いかもしれません。でも、長年保育の仕事をしていると、子どもたちが怖がるものは、実にさまざまだとわかります。
そうじきの音や大きな物音、かみなりの音におびえる子がいます。小さな虫を見て、おとなが驚くほど怖がる子もいます。暗いところが怖いという子や、お年寄りと接することが少ないために、おじいちゃん、おばあちゃんを怖がる子、父親以外の男の人はだめという子もいます。そして、もちろん、おばけが怖い子がいます。
まず、音に敏感な子どもは、本当に辛い思いをしている子もいるので、なるべく嫌いな音から遠ざけてあげることが大事だと思います。
はじめてのことに緊張したり、びっくりしたりすることがあるのは、おとなも同じです。まだ生まれて数年の子どもにとって、世界ははじめてのこと、知らないことばかり。緊張から「怖い」という気持ちになることもあると思います。
かみなりの音を怖がる1歳の子が、かみなりが鳴ったときに、おとなたちが窓の外を見るようすを見て、さらに大泣きしていたことがありました。おとなたちの顔を見て緊張し、もっと怖くなったのかもしれません。
おとなが「大丈夫だよ」とゆったり構えていれば、自然と慣れていくことが多い。
怖がるものや怖がり方はひとりひとり違うので、おとなが「大丈夫だよ」とゆったり構えていれば、自然と慣れていくことが多いと感じています。危険なものでない場合は、おとなが先入観をなくしてあげることも必要だと思います。
それと同時に、目に見えないものを怖がる感覚も大切にしてあげたいです。「なんかこわい」「なにかいるかも」と思う感覚が育つことも、子どもが成長する上で大事な過程のひとつだと考えています。
怖そう……でも、おもしろい絵本。
「なんか怖そう」な絵本と言えば、こんな作品があります。
『すてきな三にんぐみ』(トミー・アンゲラー・作、今江祥智・訳、偕成社)
黒とブルーの背景に、黒マントのどろぼうたち。子どもたちの中には、「怖いから、いや!」という子もいたくらい。それでも、読み始めるとだんだんそばによってくる。怖いけど見たい気持ちって、誰にでもあるようです。50年以上も前に出版されている作品。現代では、「すてご」や「みなしご」という言葉が使われることはないと思いますが、さびしい思いや、悲しい思いを抱えている子どもたちは、今でも世界にたくさん。物語の最後では、その子たちのための街が生まれます。とてもすてきなお話です。「ちょっと怖いけれど、見る?」と読み始めると、真剣な顔でページを見つめてくる子どもたちのまなざしを感じます。
『やねうらべやのおばけ』(しおたにまみこ・作絵、偕成社)
木炭鉛筆でていねいに描かれた屋根裏部屋の表紙はちょっと怖い感じ。絵本を読むと、描かれている屋根裏にあるものも、子どもたちはしっかり見ています。登場するのはちょっと怖がりなおばけと、おばけが暮らす家に住む女の子。おばけは透き通ってみえなくなることができたり、小さくなったり、空を飛んだり……。考えてみると少し怖いのだけれど、読んでいるうちに、だんだんおばけが怖くなくなってきます。そして、おばけと楽しく遊べるなんて、女の子がうらやましい!と思うようになるかもしれません。
安井素子(保育士)
愛知県に生まれる。1980年より公立保育園の保育士として勤める。保育士歴は、40年以上。1997年から4年間、月刊誌「クーヨン」(クレヨンハウス)に、子どもたちとの日々をつづる。保育園長・児童センター館長を経て、現在は中部大学で非常勤講師として保育と絵本についての授業を担当。保育者向け講演会の講師や保育アドバイザーとしても活動している。書籍に『子どもが教えてくれました ほんとうの本のおもしろさ』(偕成社)、『0.1.2歳児 毎日できるふだんあそび100ーあそびに夢中になる子どもと出会おう』(共著、学研プラス)がある。月刊誌「あそびと環境0・1・2歳」(学研)、ウェブサイト「保育士さんの絵本ノート」(パルシステム)、季刊誌「音のゆうびん」(カワイ音楽教室)で連載中。