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時間色のリリィ

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「べつに信じなくっても、いいですよ~だ」

 そう言いながら女の子は、人差し指のあいだについたままだったシールに、フッと息を吹きかけた。その瞬間、シールは空中に溶けたみたいに消えてしまう。

「すごい! 手品、うまいね」

「手品じゃないんだけど……まぁ、そういうことにしておこうかな」

「気に入らないわね、その言い方。手品じゃないんなら、なんだっていうのよ」

「まぁ、かんたんにいうと、魔法よ」

 よりにもよって、とんでもないことを言いだす。この子なりのギャグのつもりなんだろうか。

「ふふふ、魔法って……いまどき、それはないわぁ。小さい子むけのアニメじゃあるまいし」

「アニメって、もしかして“テレビマンガ”のこと?」

「えっ、アニメはアニメでしょ」

 どうも、この子とは話がかみあわない。

「そもそも、あなた、だれなの? わたしになにか用でもあるの?」

「わたしは、リリィだよ。大魔法使いのリリィ」

 女の子は再び腕を組んで、どこかえらそうな口ぶりで答えた。

「また、ふざけて……だから、そんなのは本当にはいないでしょ」

 笑える冗談も、何回もくり返されるとおもしろくない。

「まぁ、いいや。じゃあ、その大魔法使いのリリィちゃんが、わたしになんの用なの? まさか魔法をかけて、ネコにでもするつもり?」

「そんなこたぁ、しません」

 リリィと名乗った女の子は、あいかわらずえらそうにいった。

「ミコミコちゃんは、“ミコ・ミコぷろだくしょん”って知ってる?」

 また、それか。

「その名前は、さっき園内くんに聞いたけど、残念ながら知らないわね。それはたぶん会社の名前でしょ? 小学生のわたしに聞いて、わかるわけないじゃない」

「ううん、“ミコ・ミコぷろだくしょん”は会社じゃないよ。坂江第二小学校の中にあるんだよ」

「坂江第二小学校?」

 坂江小学校なら知っているけれど、坂江第二小学校というのは聞いたことがない。そもそも、そんな名前の学校があったかな。

「よくわかんないけど、とにかく知らないわ。どこかの小学校の中にあるっていうんなら、それこそ区役所にでも電話して聞けばいいじゃない。くだらないことで、人を呼びつけないでよ」

「そんな不機嫌な言い方しなくってもいいでしょ。友だちからミコミコって呼ばれてるっていうから、きっとなにか知ってるだろうと思ったのに」

 リリィは、ほっぺをふくらませていった。

「わたし、そういう言い方をする人、苦手なの。なんだかかまれそうで」

「かむわけないでしょ」

 そうは言ったものの、確実にロミは不機嫌だった。園内くんがわざわざ呼びにきたからなにかと思ったのに、この展開はないだろうと思う。

「本人はそう思ってるんだろうけどね、聞くほうはそんな気になっちゃうものなのよ……もう、いいわ」

 そう言いながらリリィは、スカートの左ポケットから、また小さな粒を取りだした。

「わざわざ呼びつけたおわびよ。ちゃんとキャッチして」

 その小さな粒をリリィが指ではじくと、ロミの頭の上より高く飛んだ。それも2つだ。

 けれど、やはりミニバスケットボールできたえたロミの動体視力は、ちゃんとそれを目で追って、こともなげに2つともキャッチした。見てみると、うすい紙につつまれたキャラメルだ。

「ちょっと! 食べ物を投げちゃダメでしょ」

 そう言いながら顔を前にもどすと––––リリィの姿はどこにも見えなくなっていた。

「あれ? 園内くん、いまの女の子は?」

 となりにいた園内くんにたずねると、ふるえた声で答えが返ってくる。

「いや……ぼくもそっちの粒のほうを見てたから」

「そんなバカな」

 ロミは公園の中を見まわしたけれど、やっぱりリリィの姿はなかった。いくらせまい公園だといっても、ほんの2秒ほどで人が見えなくなるはずがないのに。

「あの子……まさか消えちゃった?」

「そんなはずないわよ」

 ロミは園内くんと顔を見あわせていった。しかし、いくら考えても、あの女の子が見えなくなった理由がわからない。

「いまの子、もしかして」

 オバケだったんじゃないの……とロミが言おうとしたとき、園内くんの顔が、クシャッとゆがんだ。まさに泣きだす一歩手前の表情だ。

「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ」

 次の瞬間、世にもなさけないさけび声をあげて、園内くんは走りだした。そのままロミを置いてけぼりにして、公園を飛びだしていく。

「ちょ、ちょっと待ってよ!」

 ロミもあわてて、そのうしろを追いかけた。

(次回更新は8月21日です)

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profile

  • 朱川湊人

    朱川湊人

    1963年1月7日生まれ。大阪府出身。出版社勤務をへて著述業。2002年「フクロウ男」でオール読物推理小説新人賞、2003年「白い部屋で月の歌を」で日本ホラー小説大賞短編賞、2005年大阪の少年を主人公にした短編集「花まんま」で直木賞を受賞。おもな作品に、『スズメの事ム所 駆け出し探偵と下町の怪人たち』『アンドロメダの猫』『無限のビィ』『冥の水底』『なごり歌』『かたみ歌』『サクラ秘密基地』『オルゴォル』『銀河に口笛』『いっぺんさん』『都市伝説セピア』などがある。

今日の1さつ

毎日をまじめにコツコツ生きるトガリネズミを見ていたら、自分の日常ももしかしてこんなに静かな幸せにあふれているのかも、と思えました。海に憧れて拾ったポスターを貼ってみたり、お気に入りのパン屋さんで同じパンを買ったり。駅中の雑踏やカフェでふとトガリネズミを見かけそうな気がします。(40代)

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