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時間色のリリィ

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 部屋の扉がノックされたのは、春の夕方近く–––ロミが机にむかってマンガを読んでいるときだった。

 「弘美、ちょっといい?」

 ママの声が聞こえたとたん、ロミは反射的にマンガの本を引き出しにしまいこみ、すばやく机の上に立ててあった塾のテキストを取りだし、適当なページを開いた。そのあいだ、ほぼ三秒。

「なぁに?」

 ちょっと迷惑そうな口ぶりで答えるのと、ママがやけに元気に扉を開けたのは、ほとんど同時だ。

「あら、勉強中だった? 感心ねぇ」

「もうすぐ塾で、テストがあるから」

 そういいながらロミはママに見えないように、机の上にころがっていたシャープペンシルを手に取った。勉強していたふりをするにはノートが足りないけど、そこにはママが気づきませんように。

 もっともロミの家では、べつにマンガを読むのを禁止されているわけでもない。でも、ここ最近、塾の成績がちょっとだけ下がったから、とりあえずマジメにやってるポーズくらいはしないと。

「で、なにか用?」

 いま、いそがしいんだけどなぁ……という顔をロミがむけると、ママがへんな笑いをうかべた。マンガだったら顔の横に、“ニヤニヤ”って文字が書いてありそうな笑い方だ。

「いま、スノウチくんが来たんだけど……塾でいっしょの」

 残念ながら、ママはまちがえてる。

「スノウチくんじゃなくて、ソノウチくんでしょ? 園内理央くん」

 塾でいっしょの〇ノウチくんといえば、その子しかいない。

「あら、そうなの? 声が小さかったから聞きまちがえちゃったわ。めずらしい名前ね、園内くんって……でも、なかなかのイケメンじゃないの」

「そう? べつにふつうだと思うけど」

 そう答えはしたものの、じつはロミも心の中であわてていた。

 たしかに園内くんは、塾でも評判のイケメンだ。国語の笹本先生なんかは、「おれもキミみたいにハンサムだったら、もっと明るい小学生時代を送っていたと思うんだよ」と、授業中にしみじみといっていたくらいだ。笹本先生は冗談ばかりいう楽しい先生だけれど、まぁ、ちょっとばかりゴリラ寄りの顔をしている。

 その園内くんがやって来るなんて、いったいどういうわけだろう。ただ塾でクラスが同じだけで、特別に仲がいいわけでもないし、そもそもロミの家だって知らないはずなのに。

「あがってもらう?」

「やめてよ、ママ……この部屋に入れるなんて、カンベンして」

 ちらりと壁際のベッドの上に目をやると、朝脱いだままのパジャマが“非常口”のマークにえがかれている人のようなポーズで放りだしてある。

「いま行くから……玄関にいるんでしょ?」

「ううん、外で待ってるって。遠慮しちゃって、かわいいわぁ」

 家に女の子しかいないせいか、ママはロミと同じ年ごろの男の子を、すぐにかわいいという。けれど、それはきっと大人であるママの目線で、同じクラスの男の子なんて、どっちかというと憎たらしいことのほうが多いとロミは思っていた。まぁ、それにくらべれば、園内くんはマシなほうかもしれないけど。

「それにオチャメなところもあって、ああいう子、ママは好きだわ」

 ママがへんに盛りあがっていて、見ているだけで少し恥ずかしい。そもそも塾の5年生クラスで1、2を争うほどマジメな園内くんに、オチャメなところなんてあったろうか。

 とりあえず玄関に行くと、扉にむかって飼い犬のビビがキャンキャンとほえまくっていた。それを手でどかし、適当なサンダルを突っかけて外に出ると、濃いブルーのポロシャツを着た園内くんが、ずいぶん離れたところに立っていた。

「園内くん、どうしたの?」

「やぁ、御子柴(みこしば)さん」

 塾でしか会わない園内くんが、自分の家の玄関先に立っているのは、なんだか不思議だった。それ以上に不思議なのは、彼のおでこに十円玉くらいの大きさの、白くて丸いシールみたいなものがくっついていることだ。

 園内くんは眉にとどきそうなくらいにのびた前髪を、自然な感じに真ん中から分けるヘアスタイルをしているのだけれど、狭めのおでこの真ん中に、それは貼りついている。目を細くしてながめてみると、赤い線でうずまきみたいな模様がえがいてあるようだ。

(なるほど、こりゃオチャメだわ) 

 ママの言葉の意味はわかったけど––––園内くんって、こういう子どもっぽいことをするキャラだったっけか。

「どうしたの、いきなり家にまで来て。なにか急用?」

「ごめんね。電話番号がわからなかったから、いきなり来るしかなかったんだよ」

「私の家、よく知ってたね」

「ほら、前に『じゃらりん堂』で、偶然に会ったことがあったでしょ? そのとき、家はすぐそこだって教えてくれたじゃない」

 『じゃらりん堂』は家の近くにある、ゲームや文房具なんかも売っている大きな本屋さんだ。たしか三カ月くらい前、そこで園内くんとバッタリ会ったことがあった。あのときもマンガの本を読んでいたところだったから、いきなり声をかけられておどろいたっけ。

「だから、近くのパン屋さんで聞いて探したんだ」

 思い当たるパン屋さんはあるけれど、そういうことをかんたんにしゃべっていいものなんだろうか? 個人情報の保護とかプライバシーとか、そういうのはどうなってるんだか。

「なるほどね……で、なんの用事?」

 

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  • 朱川湊人

    朱川湊人

    1963年1月7日生まれ。大阪府出身。出版社勤務をへて著述業。2002年「フクロウ男」でオール読物推理小説新人賞、2003年「白い部屋で月の歌を」で日本ホラー小説大賞短編賞、2005年大阪の少年を主人公にした短編集「花まんま」で直木賞を受賞。おもな作品に、『スズメの事ム所 駆け出し探偵と下町の怪人たち』『アンドロメダの猫』『無限のビィ』『冥の水底』『なごり歌』『かたみ歌』『サクラ秘密基地』『オルゴォル』『銀河に口笛』『いっぺんさん』『都市伝説セピア』などがある。

今日の1さつ

姪の子供から借りて読み始めたらおもしろくって、もうすぐ70歳の私もすっかりはまってしまいました。我が孫たちに読ませようとさっそく全巻購入しました。春に他県から越してくる孫たちと共通の話題で盛り上がりそうです。ババ仲間にも口コミしています。ちなみに紅子さんは渡辺直美さんをイメージしてしまいます。(読者の方より)

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