じつをいうと、ロミも少しばかり胸がざわついていた。同じ年の男の子が一人、わざわざ探してまで女の子の家を訪ねてくる理由は、きっと、そんなにたくさんはない。
「悪いんだけど、近くの公園まで、いっしょに来てくれないかな」
「えっ? ここじゃ話せないの?」
「まぁ……ちょっとね」
「じゃあ、少し待って」
顔が熱くなるのを感じながら、ロミは一度家に入り、サンダルを靴にはきかえた。あわてていたから仕方ないとはいえ、自分が突っかけていたのはパパ愛用の健康サンダルだ。足のうらが当たるところが凸凹になっていて、それがツボを刺激するらしいけど、さすがに11歳の女の子には不似合いすぎる。
「ゴメン、お待たせ」
そういいながら外に出ると、園内くんは片手をあげ、照れたように笑った。ママのいうとおり、その表情はなかなかかわいく見えるけど––––でもあいかわらず、おでこにヘンテコなシールがくっついてるんだよなぁ。
園内くんと肩をならべて、ロミは家の前の道を歩きはじめた。
ロミが住んでいるのは東京の、ややはしっこ寄りにある住宅街だ。5、6分も歩けばにぎやかな駅前通りに出られるけれど、家の近くにはコンビニが2つと歯医者さん、ほかにかわいらしい店がまえのパン屋さん、さらに『じゃらりん堂』があるほかは、ほとんどが一軒家の住宅か、小さめのマンションだった。そのおかげか、夜はとても静かだ。
「それで……いいかげんに教えてよ。なんの用?」
だまっていたら耳まで熱くなるような気がして、ロミのほうからたずねた。
「じつは、ちょっと聞きたいことがあって」
「どんなこと?」
「たしか御子柴さんって、塾でミコちゃんって呼ばれてたよね?」
予想外の質問で、ちょっとガッカリ。
「そりゃあ名字が、御子柴だからね。かんたんでしょ」
けれどじつをいうと、同じ小学校で小さいころからなかよくしていた子たちは、ほとんどがロミと呼ぶ。名前の“ひろみ”から頭の一文字を取っただけなのだけど、なんだかシャレた感じがして、ロミ自身も気に入っていた。
名字から取った“ミコちゃん”と呼ぶのは、塾で知りあった子ばかりだ。まぁ、つきあいの長さのちがいなのかもしれない。
「それで、たまにミコミコとも呼ばれてたよね?」
「あぁ、あれは坂江小の小堀さんだけだよ。あの子、自分が“ミカミカ”って呼ばれたいらしくって、だれにでもそういう呼び方をしてるの。そのうち、同じパターンで返してもらえるかもしれないと思ってるんだね」
アニメかゲームにそんなキャラがいるのかもしれないけど、小堀さんの名前は“美佳”だから、いつかミカミカと呼ばれる日も来るかもしれない。けれどいまは、残念ながら“コボちゃん”だ。
「そうなの? いつもミコミコって呼ばれてるわけじゃないの?」
おでこにヘンテコなシールを貼りつけたままの園内くんは、眉じりの下がったなさけない顔をした。あきらかに失望しているようだけど、そんなにガッカリすることかな。
「じゃあ、『ミコ・ミコぷろだくしょん』って、知らない?」
「なに、それ」
「カタカナのミコミコで、あいだに点、うしろはひらがなで、ぷろだくしょんって書くらしいんだけど……なにか関係があったりする?」
「ちょっと知らないなぁ。でも、それって、たぶん会社の名前でしょう? 小学生のわたしに関係あるはずないじゃない」
そこまで言って、ハッと気づいた。まさか、たまにミコミコと呼ばれていただけで、自分がそのなにをやっているかもわからない会社と関係があるとでも、園内くんは思ったのだろうか。しかも、かなり本気で。
(いやいや、それはないって)
たしか園内くんは、塾の五年生クラスではトップ争いをしているはずだけど––––その発想は、どちらかというと小学生低学年レベル。
「ねぇ、園内くん……駅にくっついてるビルの中に、『ミヨちゃん』っていう名前の甘いもの屋さんがあるんだけどね。たまたま同じだからって、日本中のミヨちゃんに、なにか関係あるのって聞いたりしないよね」
「ふつうだったらぼくだって、そんなこと聞かないよ!」
ロミが小さい子に言ってきかせるような口ぶりだったのが気に入らないのか、園内くんは少しだけ声を大きくした。
「でも、あの子が……『こうなったら当たってくだけろよ』なんていうから」
そう言いながら園内くんが指さしたのは、小さな公園の中だった。歩いているうちに、いつのまにか公園の入り口に着いていたのだ。
そこは小さなすべり台とブランコしかないような、本当にせまい公園だったのだけれど––––その真ん中に、自分より少し小さいくらいの女の子が一人、なぜかえらそうに腕組みをして立っていた。黒目がちの大きな目をした、色白の子だった。
(次回更新は8月11日です)