「読むこと」をテーマに、自身の読書体験、おすすめの本などについて、作家・小手鞠るいさんが語ります。
木の語る物語を4冊、紹介しよう。
1冊目は、『願いごとの樹』(キャサリン・アップルゲイト 著/尾高 薫 訳)。
この作品には、樹齢200年以上の「レッド」という名前の木が出てくる。
レッドは、人とのおしゃべりは苦手だが、物語はお手のものだという。つまり、この木はものを言う。レッドは本の冒頭で、わたしたちに、こんなふうに語りかけてくる。
理科の「さまざまな生き物とわたしたち」の授業で、木が話をすることを教わらないのは、なぜなんだろう。
先生を責めてはいけないよ。たぶん、木が話すってことを知らないんだ。ほとんどの人とおなじようにね。
だからもし、とびきりいいことが起こりそうな日に、親しげに笑いかけているような木を見かけたら、ものはためし、立ちどまって耳をすましてごらん。
耳をすましてみれば、たしかに聞こえてくるではないか。
遠い記憶のなかからも、近い思い出のなかからも、窓の外からも、庭からも森からも空からも、木の声が、木のことばが、木の物語が──。
春らんまんの風にのって、聞こえてくる木の葉のささやき。
小鳥のさえずりやかえるの合唱に混じる、若葉のさざめき。
舞いちる秋の枯葉のにぎやかなおしゃべり。
冬の雪嵐のなかで、枝をゆらしながら、たがいを支えあう木の呼び声。
伐採されたあと、切り口からにじみ出ている木の涙。
いつだったか、夏の庭仕事のあと、たわむれに、オークの幹に耳をくっつけてみたとき聞こえてきたのは、トクトクトクというかすかな音だった。貝殻を耳にくっつけたときに聞こえる音に似ていた。根が水を吸いあげ、幹へ枝へ葉へと送りつづけている──これはきっと、木の心臓の音に違いないと思った。
2冊目は、『夕暮れのマグノリア』(安東みきえ 著)。
物語のなかで、白い花を咲かせる木蓮の木が、ときにはわたしたちに異界を見せてくれ、ときにはわたしたちに魔法をかけてくれる。
主人公の灯子はある日、マグノリアの声を聞く。
灯子、おぼえておきなさい。見えないってことはいないってことにはならないんだよ。きれいな魂を持ったものたちがいつもおまえを見ているのだから。
だれもいないと思ってはいけない。ひとりぼっちで生きているなんてけっして思ってはいけないよ。おまえの幸福を願っているものたちが、いつもそばにいるのだから。
それからだ。あたしの世界に魔法がかかったのは。
木もれ陽がちらちらと草の上に射すときは光と影といっしょに遊んだ。窓にかけたガラスのベルがゆれるとき、風といっしょに歌おうとした。
灯子がその日、耳にしたのは、マグノリアの木を通して語りかけてくる、大好きだったおじちゃんの声だったのだ。
このマグノリアの木も、願いごとの樹「レッド」も、人間の勝手な都合によって、根もとから伐採される運命にあった。何がその運命を変えたのか、それについては本を読んで、あなたの目と耳で確かめてほしい。
あと2冊、ノンフィクションを読むのが好きな人には、『広島の木に会いにいく』(石田優子 著)と『樹木たちの知られざる生活──森林管理官が聴いた森の声』(ペーター・ヴォールレーベン 著/長谷川 圭 訳)をおすすめする。
4冊の本を(どれか1冊でもいいです)読んだあと、あなたの「木に対する考え方」は、それまでとは大きく違ってくるだろう。かつてわたしがそう感じたように、あなたは木を友だちだと思えるようになるかもしれない。そうなったら、とてもうれしい。
通学路に、校庭に、公園のかたすみに、ひっそりと立っている1本の木にも性格があり、個性があり、記憶があり、希望がある。そう思うだけで、思えるだけで、この世界がどんなに豊かになるか、そのことをぜひ、自分自身の心と体で経験してほしい。
灯子が「あたしは世界のすべてに守られているって感じ、愛されているって信じた」ように。
木は声を持っている。
木はことばを持っている。
木は話すこともできるし、歴史を物語ることもできるし、人とコミュニケーションをとることもできる。ただしそれは、木の声を聞きとり、木のことばを理解し、木と友だちになりたいという意志が、あなたにあるかどうかにかかっている。