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作家が語る「わたしの新刊」

「プーッ」とした気持ちがふくらんで風船になっちゃった!? 児島なおみさん『テツコ・プー ふうせんになった おんなのこ』

いつも、きげんがわるいので「テツコ・プー」とよばれている女の子のお話。その日の朝は、特別にきげんが悪かったので、弟にやつあたりして、おかあさんに怒られてしまいます。それで、ますますプーっとふくれていたら……おやおや!なんとからだがふくらんで、風船みたいに空に飛んでいってしまいました! テツコプーは、お家に帰れるのでしょうか?


––––『うたうしじみ』『クリスマスソングブック』など、児島さんの絵本は寡作ながらロングセラーばかりですが、『アルファベット絵本』刊行以来、ずいぶん時間が経っていますね。

『テツコ・プー』は本当に久しぶりの創作絵本となりました。『アルファベット絵本』から10年以上ぶりです。でも絵本から離れていたわけではなく、いつも絵本に関わっていました。まずは『伝説の編集者ノードストロームの手紙―アメリカ児童書の舞台裏』(品切重版未定)を翻訳するのに8年かかりました。

この本はアメリカの児童書編集者ノードストロムが、子どもの本の作家・画家たちに宛てた手紙から成り立っています。ノードストロムは33年に渡りハーパー&ロー社の編集者でしたが、彼女の手紙を読んでいると、編集者の立場から、どのように本を作ったかがよくわかります。原書を読んで深く感動し、翻訳したいと思いました。

500ページ近くもある本で、長い時間がかかりましたが、訳しながらアメリカの児童書の歴史も勉強しているようで、大変な貴重な体験となりました。

翻訳をしている間ずいぶんお待たせしてしまった柏葉幸子さんの『バク夢姫のご学友』の挿絵を描き終わった頃から、シンガポールのAsian Festival of Children’s Content( AFCC)や、インド、インドネシアに招かれて講演やワークショップ、絵本賞の審査員をするようになりました。

2019年Scholastic Asia Picture Book Award の授賞式

そこでアジアの子どもの本の作家、画家、研究者たちとの親交が深まり、新しい世界が広がりました。アジアの子どもの本の関係者たちとの交流は今も続いています。

2013年 のBookarooでのワークショップ。インドにて。

––––新作『テツコ・プー』をはじめ児島さんの絵本にはみずみずしい感性があふれています。絵本を描こうとするお気持ちはどこから生まれるのですか?

私はお話を作るのが好きなので、お話のアイディアが思い浮かんだときにスイッチが入ります。アイディアはいろんなときに浮かびますが、何でもないときにイメージや、お話の最初の一行が思い浮かんだりします。家にいるときは台所でひらめくことが多く、とくに流しでお話のアイディアや、創作で行き詰まっている箇所の解決が浮かぶことがあります。絵本『うたうしじみ』は流しに立っているときに生まれました。

雑草を取っているとき、電車から景色を眺めているときにもアイディアが浮かびます。消えてしまわないうちに急いで手帳に書きとめて、絵も描いて、これは絵本かもしれないぞ、と興奮します。このときが絵本作りの中でいちばんパワーに満ちた楽しい時かもしれません。

––––『テツコ・プー』はどんな子どものなかにもある「プーっとした気持ち」が、あたたかくファンタジックに描かれていて、すてきな絵本でした。

ありがとうございます。私も子どものころよくプーッとしていました。子どもはモヤモヤした気持ちをうまく説明できないので、最後はぶったり、泣いたり、怒ったりするのだと思います。私も弟や親にやつあたりをしました。でも、本当はこうしたいわけじゃないのになあ、と思っていました。プーッとしている子どもを見ると、「大変だね、大丈夫よ」と応援したくなります。

––––風船になった後も、だれにも流されずにしっかりと自己主張をするたくましいテツコ・プー。絵本は「てっちゃん」へささげられていますが、モデルとなった子がいますか?

はい、テツコ・プーは、私の親友の長女のてっちゃんがモデルです。てっちゃんは3、4歳のころ、ママが弟の世話で忙しかったのでおもしろくなくてプーッとしていました。てっちゃんはときどき弟に悪さをして怒られていました。あるとき怒られるとカーテンにくるまって長いこと出てこなかったことがあり、てっちゃんの粘り強さに笑ってしまいました。

私も子どものころ、母が弟にかかりっきりだったのがおもしろくなくて、てっちゃんのようにプーッとしていました。てっちゃんを見ていると、そのときの暗い、どうして良いかわからない気持ちを思いだしました。プーッとして強がっているのは外側だけで、本来のてっちゃんはやさしくて、明るくてまっすぐな心の子どもです。てっちゃんを見ていて、プーッとする女の子の絵本を作りたいと思いました。

–––––お姉ちゃんをつねに尊敬している弟、なにも言わずに抱きしめてくれるおかあさん、子どもにとって家族がどれほど大切なのかが伝わる絵本でしたが、ストーリー展開でのご苦労またはエピソードなどをお聞かせください。

『テツコ・プー』はなかなか思うように進まない絵本でした。まるで利かん気のテツコ・プーのようでした。はじめはテツコ・プーの空の上での冒険が中心のお話でしたが、なにかが違う気がしていました。

何度目かにストーリーを作り直したとき、私はテツコ・プーに、本当はどうしたいの、どうなったらうれしいの、と訊いてみました。テツコ・プーは、ママにかまってもらいたい、と答えました。テツコ・プーの願いがはっきりわかって、納得できるストーリーがようやくできました。テツコ・プーは気持ちをすなおに伝えるのが得意ではありませんが、最後にはママの愛をたっぷり受けとって眠りにつきます。 

何度も作り直したテツコ・プーのダミー

–––––児島さんだったら「プーッ」とした気持ちを、どのように落ち着かせますか?

大人になったら、プーッとするよりも、ムーッとする方が多いかな? とりあえず座って深呼吸します。コーヒーとケーキも効果があります。「プーッ」とした気持ちになる時は、寝不足で疲れていることが多いので、早く寝るようにします。

––––児島さんは、アメリカで子ども時代を過ごされたと伺っています。その時の思い出をお聞かせいただけますか?

私は3歳から8歳までアメリカで過ごしました。住んでいたのはニューヨーク市マンハッタンから車で40分ほど離れたRiverdaleという場所でした。住宅地でしたが、30分も歩くとハドソン川が見えて、河岸は広い林と野原に覆われていました。

アメリカの小学校は宿題がなかったので、学校から帰るとすぐに友だちと外で遊びました。近所を探検したり、夏はホタルを捕まえたり、冬はそりすべりをしました。ユダヤ人の友だちのリーナの家でライ麦パンを初めて食べて、こんなにおいしいパンがあるのかと思いました。ライ麦パンに入っているキャラウェイシードも食べたことのない味でとても気に入りました。

リーナ、私、弟

カトリックの友だちのパティの家に泊まりに行って、夜光るマリアさまの小さな像(蛍光塗料が塗ってある)を二人で見て騒いで、早く寝なさいと怒られたりしました。パティには、日曜日のミサにも連れて行ってもらいました。パティは聖人伝の絵本を持っていて、ミサの間私はその小さな絵本を読むのが好きで、いろいろなカトリックの聖人について知りました。

私は公立の小学校に通っていましたが、12月のユダヤ教のお祭りハヌカが来ると、ユダヤ人の子どもたちはハヌカの間一週間近く学校をお休みしました。だから、ハヌカのときは、クラスには私とあと7、8人の子どもしかいなくて教室ががらんとしていました。

アジア人の家族は少なかったのですが、インドネシアからきたメーベルとは学校も同じで仲良しでした。メーベルのお姉さんのリンダは成績優秀で、メーベルと私はリンダを尊敬してあとをついてまわりました。

小学校3年生になった時はうれしくて、幼い2年生とは違う、もうすっかり大きくなったぞ、と得意な気持ちでした。でも3年生の11月に家族で日本に帰ることになり、日本の小学校に編入すると、新学期が4月始まりの日本では、私は2年生になってしまったので、がっかりしたのをおぼえています。

––––代表作『うたうしじみ』は独特の世界観が印象的でしたが、児島さんが影響を受けている絵本やアーティストはいますか?

私は白黒のモノクロームの絵が好きなのですが、それは子供の時に見た『ニューヨーカー』誌の漫画の本の影響だと思います。その漫画集を両親の本棚から取り出して、始めから終わりまでながめるのが好きでした。大人の読者が対象の漫画なので、何がおかしいのかわからない漫画が多かったけれど、白黒だけの絵はかっこいい、と思いました。私が白黒でユーモアのある絵を描いてみたいと思うのは、この漫画家たちの影響が大きいです。

ほかにも大きな影響を受けた本があります。家に『アメリカの歌』と『世界の歌』という2冊の厚い歌の本がありました。

The Fireside Book of Folk Songs 絵ア リス&マーティン・プロベンセン

父が趣味でアコーディオンを弾いていたので買ったのだそうです。どのページにも歌に沿ったきれいな絵がついていて、私は絵をくりかえしながめました。絵本について勉強するようになって、『世界の歌』の挿絵は、絵本作家のアリス&マーティン・プロベンセンが描いたことに気づき、びっくりしました。歌の絵本を見て楽しい時間を過ごしたので、私も歌の絵本を作りたいと思い、『クリスマス・ソングブック』を作りました。

好きなアーティストはたくさん、たくさんいますが、くりかえし眺めるのは、トーベ・ヤンソン、キティ・クローザー、シャーロット・ヴォークの絵本です。カナダの出版社Groundwood Booksが出す絵本も好きです。

––––アメリカで絵本作家デビューをされているそうですが、その頃のエピソードがあれば教えてください。

私は子ども時代に5年、大学生時代に4年、そして結婚してから4年と、三度アメリカに住みましたが、どの時代も子どもの本が私の中で大きな割合を占めていました。

子どものときは大きくなったら子どもの本の作家になりたいと願い、彫刻を専攻していた大学では、子どもの本こそ私がやりたいこと、と夢を思い出し、「Mr. & Mrs. Thief」 という絵本を作ってみました。そして勉強を続ける夫とマサチューセッツ州西部の田舎町に住んだ時代に Society of Children’s Books Writers and Illustrators (SCBWI)というグループと出会い、絵本の作り方、出版について教えてもらい、念願の絵本を出版することができました。

マサチューセッツ州西部には子どもの本の作家が多く住んでいました。作家たちは子どもの本の出版を目指している人たちを対象に毎月勉強会を開いて、絵本、児童書の作り方から出版社へ売り込み方などを教えていました。その会がSCBWIでした。

リーダーは、絵本『月夜のみみずく』などの作者ジェーン・ヨーレンでした。私は毎月SCBWIの勉強会に通い、大学時代に作った『Mr.& Mrs. Thief』と新しく作った文字のない絵本『The Flying Grandmother』を講評してもらい、出版社に見せられるレベルの絵本のダミー作りに専念しました。そして1年後、ニューヨークの5社の出版社とアポを取りました。

私の住んでいる町からニューヨークまでは電車で3時間かかり、家から駅までは車で1時間かかりました。朝10時のアポに間に合うように暗いうちに家を出ました。訪ねた5社の出版社のうち、2番目に訪問したT.Y Crowell社(ハーパー&ロー社の傘下にあった)の編集者バーバラ・フェントンさんが絵本のダミーを二冊とも気に入ってくれて、預かりたいと言われました。私は、まだ3社訪ねる出版社があるので、一日の最後にダミーを持ってきますと伝えました。残りの3社にも、T.Y Crowell社がダミーを預かりたいと言っていることを最初に伝えてから、作品を見てもらいました。SCBWIの勉強会では、ジェーン・ヨーレンが出版社への礼儀––––こうした状況のときはどうするかも教えてくれていたからです。

ひと月後にフェントンさんから2冊を出版します、と電話があった時は夢のようでした。これでめでたし、めでたし、すぐ絵本が出版されると思いましたが、2冊の絵本を仕上げるまで、バーバラさんの特訓が始まりました。ダミーの絵本をもとに大幅な直しをしました。1冊目の『Mr.& Mrs. Thief』では、物語の組み立てを、2冊目の『The Flying Grandmother』では絵のレイアウトをみっちり教えてもらいました。このときに教わったことは、今の私の絵本作りの基盤となっています。

『Mr.& Mrs. Thief』は契約書を交わして1年後に、『The Flying Grandmother』はその1年後に出版されました。『Mr.& Mrs. Thief』と『The Flying Grandmother』は日本で翻訳されて『どろぼう夫婦』と『空とぶおばあさん』という題で出版され、絵本作家として日本で活動するきっかけとなりました。子どもの本を作る人になりたい、という夢を実現できたのはSCBWIのおかげだと思っています。その恩返しというわけではありませんが、2003年に仲間とSCBWI JAPANを立ち上げ、現在も毎月活動を続けています。

–––また児島さんの絵本をぜひ読みたいと思いますが、あたためている企画はありますか?

今作っている絵本は、めずらしいたまねぎにまつわるお話です。題は「ハッハたまねぎ」です。あたためているストーリーはいくつもあります。次はこんなに間を置かないで絵本を作っていきたいと思います。

––––次作も楽しみにしております。ありがとうございました!


児島なおみ
神奈川県葉山町に生まれる。子ども時代をアメリカで過ごす。テネシー州Rhodes Collegeを卒業。在学中にアメリカの出版社に持ちこんだ絵本『空とぶおばあさん』『どろぼう夫婦』は高い評価を受ける。帰国後、創作絵本『うたうしじみ』『アンドレのぼうし』楽曲絵本『クリスマスソングブック』伝記絵本『聖マグダレナ・ソフィア・バラ』など、さまざまなジャンルの絵本を発表。また、1960年代に活躍したアメリカの児童図書編集者ノードストロムの手紙をまとめた研究書『伝説の編集者ノードストロムの手紙』を翻訳。さし絵の仕事に『大おばさんの不思議なレシピ』『少女ポリアンナ』『バク夢姫のご学友』などがある。

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今日の1さつ

毎日をまじめにコツコツ生きるトガリネズミを見ていたら、自分の日常ももしかしてこんなに静かな幸せにあふれているのかも、と思えました。海に憧れて拾ったポスターを貼ってみたり、お気に入りのパン屋さんで同じパンを買ったり。駅中の雑踏やカフェでふとトガリネズミを見かけそうな気がします。(40代)

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