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作家が語る「わたしの新刊」

子育て中の「トラウマ」から生まれた1冊。読書好きに注目されつづける作家・木地雅映子さんインタビュー。

デビュー作『氷の海のガレオン』(群像新人文学賞優秀作)以来読書好きに注目されつづける作家・木地雅映子さんの新刊、『ねこの小児科医ローベルト』は、夜中に具合が悪くなった子どものところに来てくれるお医者さん・ローベルトをむかえた一家の、一夜のできごとを描く幼年童話。

『リトル・フォレスト』『海獣の子供』など、独特の世界観と美しい絵で人気の漫画家・五十嵐大介さんがタッグを組んだ1冊です。

子育て中の方なら共感せずにはいられない、リアルな描写が魅力の本作について、著者の木地雅映子さんにお話を伺いました!


『ねこの小児科医ローベルト』

––––YAで活躍されてきた木地雅映子さん、初めての幼年童話、そして久しぶりの新刊でもありますね。

 ありがとうございます。新刊といっても新作ではなく、これを書いたのもかれこれ10年くらい前で、調子よく仕事してた頃の遺産みたいなものですね。

 童話そのものは、『夢界拾遺物語』というタイトルで、文庫で出ているものなどもあるのですが、造りから完全に子ども向けの本としては初めてになります。

––––小さな子を育てるお父さんお母さんにとって、子どもの病気はいつも緊張する場面だと思います。そんなときにローベルトのような頼れるお医者さんがきてくれたら…というのは親にとって切実な願いですよね。リアルな描写が親近感をわかせてくれますが、木地さんの子育ての体験からうまれたお話なのでしょうか?

 はい。「体験」というよりは「トラウマ」といっていいレベルかと思います。超絶ブラックなワンオペ育児をしているところへ、トドメをさすように病気が重なると、たとえそれがごくありふれた病気であっても、すぐそこに死への扉が開いているような気持ちがしてきてしまいます。

 何年か経過して、子どもがかなり育って、もうこんな病気にはかかりそうもないほど大きくなった頃に、突然この物語の全体像が、ポカンと頭に出現しました。書きながら、ああ辛かった、死ぬかと思った、怖かったって泣いて、それでひとまず、癒えたということなのかな、と思っています。

––––このかっこいいローベルト先生の、モデルとなる猫(お医者さん?)はいるのでしょうか?

 作者脳内の設定をばらしてしまうと、彼は伝説の小児科医、松田道雄先生の不滅の名著『育児の百科』の化身です。3歳違いの二人の子どもを育てながら、わからないことにぶつかるたび、不安になるたびに、この本をめくりました。実際、不安じゃない日なんてほとんどありませんでしたから、毎日のように、隙間時間に舐めるように読んでいたといっていいかと思います。

 育児について必要な知識を授けてくれると同時に、育児と家事以外のことをする時間がほとんど取れない、文化的に不毛な時期において、唯一開かれた「ことばの世界への扉」でもありました。いろんな意味で心の支えでした。

 なので、ローベルトの姓が「松田」なのです。物語としてはそこまで書き込む必要がないので省いていますが、松田先生が拾って育てて、大往生した飼い猫(そんなのがいたかどうかは知りませんが)の魂に、この国で何万人ものお母さんたちが読み込んできた『育児の百科』という本のイデアが流れ込んで一つの存在となり、今も子どもたちのために、そして育児にたずさわる人たちのために、世界の夜のはざまで活躍しているのです。

––––五十嵐大介さんとのタッグは『悦楽の園』(ポプラ社)からですね。五十嵐さんへの依頼は、木地さんのご希望だったのでしょうか。五十嵐さんの絵のどのようなところに魅力を感じていますか。

 五十嵐さんじゃなかったら別に出なくていいやの勢いで五十嵐さんが良かったです。引く手数多でお忙しいのに、無理を言ったのではないかと冷や汗をかいております。

五十嵐大介さんが、こちらのインタビュー用に描きおろしてくださった、ローベルト!

 『悦楽の園』は我ながら相当魔術的というか、かなりいろいろ編み込んで書いた本だったのですが、頂いた表紙を見たら、構成要素が全部バレているんですね。出した料理の隠し味まで全部リストアップされたみたいに「ぎゃふん」ってなりました。五十嵐さんの作品はみんなそうです。海の表面を描くにも、深海まで潜って見てきてから描いている感じです。

 今回の本は、そこまでひねくれた仕掛けがあるわけじゃなく、ローベルト本人がわかりやすい魔法のカタマリですから、「ぎゃふん」となる要素はないのですが、それでもやっぱり、こういう魔法の存在がいたらこういう姿をしているに違いないというリアリティがすごいです。頭が上がりません。

––––創作のアイデアはどのようなときに浮かぶのでしょうか。

 私が知りたいです。ほんと、次はいつ浮かぶんでしょうね。

 と、ばかり言ってはいられないので真剣にお答えすると、私は多分、溜め込むタイプなんだと思います。育児のトラウマがこの物語になるまでに数年かかっているように、経験したことをことばに換えるまでに、ある程度の時間が必要なのだと。で、そろそろ、いろんな体験がいい感じに発酵して、ポコポコあぶくがたってきている気配がするので、実はパソコンを買い直しました。なんとここ数年間、キーボードすら持たずにいたんですよ。配列忘れてます。文章打つのがすっかり遅くなってます。大丈夫か自分。

––––あたらしいパソコン! それは次なる1作への第一歩ですね…とついつい期待してしまいます。では最後に、読者へのメッセージをお願いします。

 こういう形の記事をお読みになるのは概ね大人の読者さんたちかもしれませんが、これは子どもの本ですから、子どもの人たちに向けてお伝えいたします。

 みなさんがまいにち、げんきでくらせますように。
 ぶじに おとなになれますように。

––––ありがとうございました!

飼い猫の小判氏となつめ氏に見守られつつ(妨害されつつ?)『ねこの小児科医ローベルト』のゲラをチェック


木地雅映子(きじかえこ)
1971年石川県生まれ。作家。日本大学芸術学部演劇学科卒業。1993年「氷の海のガレオン」が群像新人文学賞優秀作となりデビュー。作品に『悦楽の園』「マイナークラブハウス」シリーズ、『あたたかい水の出るところ』『夢界拾遺物語』などがある。

 

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今日の1さつ

真っ黒な表紙にこれ以上ない直截な言葉「なぜ戦争はよくないか」の表題にひかれ、手にとりました。ページを繰ると、あたたかな色彩で日常のなんでもない幸せな生活が描かれていて胸もホッコリ。それが理不尽な「戦争」によって、次々と破壊されていく様が、現在のガザやイスラエルと重なります。(70代)

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