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作家が語る「わたしの新刊」

アメリカの高校生による、原子爆弾の是非のディベートを描く『ある晴れた夏の朝』

2018.07.13

『ある晴れた夏の朝』(小手鞠るい)

アメリカの高校に通う15歳のメイは、先輩たちから、夏休みにおこなわれる公開討論会への参加を求められる。テーマは、広島・長崎に落とされた原子爆弾の是非について。肯定派、否定派、それぞれのメンバーは、日系人のメイのほか、アイルランド系、中国系、ユダヤ系、アフリカ系と、そのルーツはさまざまだ。メイは、逡巡しながらも、このイベントに参加することを決める。そして、それは、彼女の人生を変える大きなできごとになるのだった。


––––原爆をテーマにした本でありながら、読んでみると、日米の現代史の主要なできごとが網羅されているという印象をもちました。この本を書いたきっかけについてお聞かせください。小手鞠さんは広島のおとなりの岡山のご出身ですが、日ごろから関心をお持ちのテーマだったのでしょうか。

きっかけはずばり、編集者からのご提案です。純粋でみずみずしいラブストーリー『きみの声を聞かせて』を書き上げた直後のご提案だったので、その落差にびっくりしました。が、ちょうどそのころ、大人向けの文芸作品『星ちりばめたる旗』の連載と、『炎の来歴』の書き下ろしを進めていて、この2作にはどちらも、原爆が色濃く影を落としていたこともあり、まさに以心伝心! と即決でお引き受けいたしました。広島が、私の出身地岡山の隣県である、ということも少しは関係していますが、それを超えて日ごろから、原爆や戦争には深い関心を抱いています。それは私がアメリカという、今も戦争をしている国に住んでいることとも関係しています。

––––前作の『きみの声を聞かせて』では、声が出なくなった日本の少女とピアノを弾くアメリカ在住の少年、2人の物語でしたが、こんどの作品は8人のアメリカの高校生がディベートを行うという、まったく構成の異なる手法をとられています。8人の高校生のキャラクターはどのように決められたのでしょう。

討論会という形式で書いてほしい、というのも、編集者からの強い希望でした。アメリカの高校生8人、ということと、それぞれの出自、性格などについては、編集者と何度も意見交換をして固めていきました。本作においては、この設定が非常に重要な柱だったと思います。また、日本人が原爆をどうとらえているのか、ではなく、アメリカ人がどうとらえているか。これが本作の要です。原爆を落とされた側の悲劇を描いた作品は、優れたものがすでに数多くあります。しかし、落とした側から描いた日本語の作品は本書が初ではないでしょうか。

––––小手鞠さんは日本でお育ちになって、大人になってアメリカへ渡られていますが、原爆の是非について、日米間の認識がはっきり異なることを肌で感じたことはありますか。

はい、はっきり異なる、といつも肌で感じています。アメリカでは、戦争に反対する人は大勢いても、軍隊と軍人を否定的にとらえる人はほとんどいません。アメリカでは軍隊は職業であり、国への奉仕である、と考えられています。軍人とは、人々から尊敬される存在なのです。それと同様に、原爆そのものを否定する人はいても、広島と長崎への原爆投下は「戦争に勝つために必要な戦略であった」と考えている人が多い。つまり、悲劇は悲劇として認めるが、戦争中の戦略としては正しかった、と考えるアメリカ人が多い。私は落とされた側に立つ日本人著者ですから、ここにぐさりとメスを入れたかったのです。

––––去年の暮れから今年の春にかけて、雑誌「ニューズウィーク」が「各国間における戦争の記憶の相違」というテーマで講義録を掲載したのですが、大学教授と大学生との対話形式をとっていて、まさにこの作品にも通じる内容でした。

私もこの記事を読みました。戦争というのは、それがおこなわれていた当時と、そして、終わったあとの語られ方によって、異なった姿を持つものなんだということがよくわかりました。戦争とは「戦争の記憶」であり「戦争の物語」でもあるのだ、ということですね。私たち大人の使命は、未来をになう子どもたちに、戦争の記憶と物語を語り継いでいくことなんだ、ということを改めて痛感しました。戦争には、正しい記憶、正しい語られ方というものは実は存在しません。しかし、多くの優れた物語があれば、子どもたちはそこから自分自身の戦争観を形成していけるでしょう。だからこそ、戦争の物語というのは、これからもどんどん書かれるべきなんだと思いました。

––––また、読者対象や作品のスタイルはちがっていますが、5月に上梓された『炎の来歴』(新潮社)も、根底に流れているテーマは共通のような気がします。この2冊の関係性のようなものがあったら教えてください。

『炎の来歴』の主人公は、生まれた直後から14歳まで、太平洋戦争と共に生きてきました。空からアメリカ軍機に攻撃されて、田んぼの中を逃げ回った経験を持っています。そのような少年が大人になってから、ひとりのアメリカ人女性と知り合い、手紙の交換を始めます。このアメリカ人女性は平和運動家で、日本への原爆投下に深い関心を抱いています。ふたりを結びつけたのは「ヒロシマ・ナガサキ」。まさに『ある晴れた夏の朝』と呼応しているような作品です。この2作は、姉妹編と言っていいかと思います。『ある晴れた夏の朝』を読んだ若者たちが、大人になってから『炎の来歴』を読んでくれたら、こんなにうれしいことはありません。もちろんその逆もすごくうれしいですが。

––––最後に日本の中学生、高校生の読者にメッセージをお願いします。

世界は、今も昔も平和ではありません。日本も例外ではありません。今の日本は決して、平和国家ではないのです。もしも平和だと思っている人がいたら、それは大きな間違いです。アメリカ軍の飛行機は他国に爆撃を加えるために、どこから飛び立っているのか。戦争は過去のできごとではなく、現在のできごとなのです。そして、みなさんの生きる未来そのものでもあります。日本は決して平和ではない。平和だと思い込まされているだけなのです。あなたにそう思い込ませているものとはなんなのか。『ある晴れた夏の朝』に、その答えを書きました。

––––ありがとうございました。

小手鞠るい

1956年岡山県生まれ。1993年『おとぎ話』が海燕新人文学賞を受賞。さらに2005年『欲しいのは、あなただけ 』(新潮文庫)で島清恋愛文学賞、原作を手がけた絵本『ルウとリンデン 旅とおるすばん 』(講談社)でボローニャ国際児童図書賞(09年)受賞。1992年に渡米、ニューヨーク州ウッドストック在住。主な作品に、『エンキョリレンアイ』『望月青果店』『思春期』『アップルソング』『優しいライオン やなせたかし先生からの贈り物』『星ちりばめたる旗』『きみの声を聞かせて』など。

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