認定NPO法人ReBitが2025年に行った調査によれば、10代のLGBTQ当事者の53.9%が、過去1年に自殺念慮、約19.6%が自殺未遂を経験している。(参考:https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000073.000047512.html)
周囲の無理解やいじめ、偏見、差別……、LGBTQ+の子どもたちは、この苛烈な環境の中、文字通りサヴァイヴしていかなければならない。
そのために、最も近くにいる家族の存在は非常に重要だ。LGBTQ+の子どもたちにとって、家族は最初の障害にもなりえるが、強力な味方にだってなりえる。
『いもうとのデイジー』は、トランスジェンダーの子どもと家族の姿を、兄の視点から描いた絵本だ。作者の家族の実話をもとにした温かいストーリーになっている。
「ぼく」と弟は、いつもいっしょの親友だった。けれどもある日、その大切な弟が言う。「わたし、女の子だよ」と。弟だと思っていた「きみ」は、本当は妹だったのだ。
当初「ぼく」には、「きみ」の言うことがなかなか飲み込めない。でも、「きみ」ははっきりと繰り返す。「わたしは 女の子だよ!」って。

「ママと パパは、わたしが うまれたとき、男の子だと 思った。でも、ちがうって、わたしには わかるの。わたしは 女の子だよ。」

子どもが性自認の揺らぎを口にすると、大人はすぐに「気のせいだ」と言う。「いっときの気の迷いだ」って。「大人になってから後悔するぞ」って。
けれども、子どもにはちゃんと「わかって」いる。そして少なからず苦しんでいる。周囲の人にとっては、突然言い出したように見えるかもしれないが、実はひとりで悩みに悩み、やっと口に出せたことかもしれない。そうであるならば、その勇気に真摯に向き合うべきだ。「ぼく」がそうしたように。
「ぼくは 男の子だって、かんがえなくても わかってた。きみも おんなじだよね。女の子だと 思うなら、きっと そうだ。」
この絵本は、LGBTQ+の家族であること、もっと広くとらえると、アライ(LGBTQ+の味方)であることについての話でもある。
トランスジェンダーの家族を受け入れるのは、難しいことだ。「ぼく」はデイジーの意思を尊重し、変化を受け入れようとするけれど、不安になってしまう。
「くらくて しーんとした へやで かんがえてみたら、ちょっと こわくなってきた。きみから きいたときより、たいへんなこと なんじゃないかって 気が してきたんだ。きみが、きみで なくなっちゃったら どうしよう。」

「ぼく」はときにデイジーに嫉妬したり、イライラしたりしてしまう。当たり前のことだ。この絵本はそんな「ぼく」の気持ちにも優しく寄り添う。
アライであることは、難しい。とんでもなく難しい。アライであるということは、気が向いたときに優しい言葉をかけてあげるとか、そういうふわっとしたことではなく、当事者とともに歩み、当事者を取り巻く社会的課題の解決を一緒に目指すことだからだ。
でもだからこそ、最初から完璧である必要はない。心の整理に時間がかかってもいいのだ。失敗することもあるだろう。ムカつくことだってあるだろう。それでも「ぼく」は、デイジーの味方であることを選んだ。それこそが一番大切なことだ。
私は数年前からアライだと公言しているが、たまに「どうして?」と聞かれる。
どうして? デイジーみたいな子に、きみはきみでいいと言うためだ。きみは生きていていいと言うためだ。そしてそのそばにいる「ぼく」のような子にも、全く同じことを言うためだ。作家以前にひとりの大人として、それが責任だと思うからである。
10代のLGBTQ+の2人に1人が、死にたいと思っている。私はこれを当たり前だなんて思いたくない。すべての子どもがデイジーのように温かく受け入れられ、必要なサポートを得られ、毎日笑顔で暮らせることを切に願う。
トランスジェンダーに限らず、あらゆるマイノリティの子どもたちとその家族にとって、『いもうとのデイジー』が優しさと勇気にあふれた希望の一冊になることは間違いない。



