雨森さんが傘をさしたとたん、雨が降り出した!
小学6年生の一郎は、「グループ登校のメンバーで遊ぶこと」という夏休みの宿題をこなすため、同じ団地「スカイハイマンション」に住む小学2年生から6年生までの登校メンバーと、助っ人の中学1年の照夫、転校してきたばかりの恭子と集まりました。ぜんぶで10人です。
性別も学年もバラバラなために苦労しながらも、みんなは野球をはじめます。だんだん調子がでてきたころ、公園に1人の男の人が現れました。201号室に住む雨森さんです。
雨森さんは、年齢60歳くらい。長身、面長で眼鏡をかけ、いつでも黒っぽい服を着て、パイプをくわえ、首をちょっと前にかしげていて、ひとづきあいはしない、ふしぎな雰囲気をまとった人です。
雨森さんは、みんなが野球をやっているのをまったく気にしないように、公園を横切って歩いてきて、みんなの真ん中で、持っていた傘をさしました。
するとふしぎなことに、突然雨が降り出しました! 雨森さんは、そのまま傘をさして去っていきましたが、傘のない子どもたちは、公園にあるおおきなすべり台の下のトンネルにかけこみます。
子どもたちが順番に語る、雨森さんとのふしぎな思い出
雨森さんが傘をさしたとたん、雨が降り出した……。このふしぎな出来事に、一郎は言いました。
「見ただろ、みんな。この雨、雨森さんがふらせたんだ。そうさ。あのひと、やっぱり魔法つかいなんだよ。」
つづいて、団地の管理人の家の子である小学5年生の勝治が言いました。
「雨森さん……今晩、ひっこすんだよ。」
へえー、とみんなはおどろき、トンネルから団地を見上げます。
すると、照夫が口をひらきました。実は照夫は、ある出来事から、一郎と同じように、雨森さんは魔法つかいなのではないか、と思っていたのだといいます。そして、そう思うようになったふしぎな体験を語り始めました。
照夫が語ったのは、この団地に引っ越してきて、前いた場所を恋しく思っていたころの思い出でした。
506号室のベランダで、「前に住んでいたところのほうが……」と考えていたとき、照夫の耳に、「ここだって、わるくはないぞ。」と語りかけてくる声が聞こえました。まわりには誰もいないはずなのに……。照夫がきょろきょろすると、前の公園のベンチに座っている雨森さんの姿が見えました。なんと雨森さんの声が、5階にいる照夫の耳に、はっきりと聞こえてきていたのです。雨森さんは照夫に、夜、公園のすべり台の上に行くように伝えます。
照夫がその日の夜、言われた通り公園のすべり台の上へ行くと、そこにはさらにふしぎなことが待っていました。でも、それが本当にあったこととはとても思えなかったので、照夫はこれまで誰にも話すことなく、胸にしまっておいたのでした。
さて、照夫が話し終えると、一郎が口をひらきました。
「照ちゃんが話してくれたから、おれもはなすけどさ……。ほんとは、だれにもいわないでおこうと思ってたんだけど……」
そう、一郎にも、雨森さんにまつわるふしぎな出来事が起こっていたのです。そしてそれは、他のみんなも同じでした。みんなは順番に、雨森さんとの思い出を語り始めます。
その時間は、みんなが雨森さんのことを知っていくと同時に、お互いのことをよくわかっていくひとときになりま。
子どもたちと読者の心に残るふしぎな存在
子どもたちが語る思い出は、どれも半分本当のようで半分夢のような、ふしぎなものばかりです。それぞれとの間に思い出があり、でもふだんはひとづきあいをしない、掴みどころのない雨森さん。けれど、それぞれの心の中に、それぞれの雨森さんの存在は残り続けるのです。
最後、雨森さんのためにみんなが用意した、粋なお別れのシーンには、胸がじんとあつくなります。
雨やどりの時の、しっとりとした気配が伝わってくるような一冊です。雨の日のお供に、ぜひひらいてみてください。