冬に読みたい、江國香織さんによるとっておきの児童文学!『雪だるまの雪子ちゃん』の主人公は、雪だるまの女の子です。それも、私たちに身近な、あの雪をかためてつくる雪だるまではないのですよ。そう、雪子ちゃんは正真正銘の“野生”の雪だるまなのです。
初めての世界でどんなことにも目をきらきらさせる雪子ちゃんと、何事も大らかにむかえいれる、その周りの人たちを描く、平和で、あたたかな物語です。
大好きなものは、四角いバター
友だち:百合子さんとたるさん
趣味:読書(文字は読めないけどながめるのが好き)
好きな食べもの:四角く切ったバター
性格:慎重だけど好奇心いっぱい!
それが、雪だるまの雪子ちゃんです。
雪子ちゃんは、雪でできたまんまるの頭と身体に、細い手足をもつ、野生の雪だるま。お父さんとお母さんはいますが、それは記憶のなかにだけいる存在です。その、雪子ちゃんが生まれたのは、大吹雪の晩のことでした。その日、村に住む一人暮らしの百合子さんが窓から外を眺めていると、生まれたばかりの雪だるまの女の子が、空からふってきたのです。
「わたしは雪だるまの雪子よ。あなたはだれ? わたしになにかする?」
と、たずねました。その声のかわいらしさと、けんめいないさましさといったら! 百合子さんは微笑まずにいられませんでした。野生の雪だるまを見るのは何十年ぶりでしょう。
「だいじょうぶよ」
雪子ちゃんをおどろかせないように、ゆっくりと、百合子さんは言いました。
「わたしはただのおばあちゃんで、名前は百合子というの。雪景色と野生動物が好きで、数年前にこの村にひっこしてきたの」
家によっていく? ときいた百合子さんに「きょうはとてもいそがしいの」と答えた雪子ちゃんは、さっそくひとりで住むための家を探しますが……なんとみつけたのは偶然にも百合子さんの家のお隣にある納屋! というわけで、百合子さんは初めての友だちで、しかも「ご近所さん」ということになったのです。
百合子さんの家によく遊びに来る(どうやらいい仲の)たるさん、そして雪子ちゃんというのがいつもの3人組。長く人生を生きてきたふたりと、子どものように愛くるしい雪子ちゃんの間に流れるのんびりした時間を過ごすうちに、読者も自然とこの「野生の雪だるま」のかわいらしさにひかれ、そして、その存在がとっても自然なことのように思えてきます。まさに物語の魔法です!
周りの人のあたたかさに触れる物語
江國香織さんは刊行時に寄せられた文章で、このように書かれています。
「雪だるまというものに、ずっと親近感を持っていました。あの、見るからに動きにくそうな体つき、やがて溶けてしまうということ、降ったばかりの雪はあんなに美しくてみずみずしいのに、雪だるまになってしまうと、あとは汚れていく一方だということ(そして、でも勿論、外気にふれていない内側の雪は──もしぱっくり割れば──美しいままのはずだ、ということ)。
(中略)
もし、天然の雪だるまというものがいたら、それは自由にのびやかに動けるかもしれない。そう思いました。生き物の皮膚としての雪なら汚れたりもしないはずです。まっ白な、生命も感情も持った雪が自在に動きまわる。その考えに、私は魅了されました。」
こうして生まれた雪子ちゃんは、文字通り紙の上で自由にうごきまわり、持ち前の好奇心と慎重さをもって、勇敢に生きていきます。
雪子ちゃんの天真爛漫さはもちろんですが、この物語のもう一つの魅力は、周りの人のおだやかなまなざしです。雪子ちゃんは、冬の冷たい空気の中でだけ生きられる雪だるまですから、できないことも多くあります。例えば、熱いものが飲めなかったり、暖房のある部屋にいられなかったり。あるいは、文字が読めなかったり、計算がわからなかったり。でもそのできないことに周りが自然と寄り添い、(ときに敬意と工夫をもって)この幼い雪だるまの女の子と垣根のない時間を過ごしていきます。
これから大きくなったら、どんな大人になるのだろう? 雪子ちゃんもほかの野生の雪だるまとであうのかしら? 物語のつづきまで想像して楽しい、幸せな読書体験となることでしょう。
絵は、銅版画家として多くのファンをもつ、山本容子さん。ぜひ本を手にしたら、カバーをはずしてみてください。カバーにある冬の世界とは一転、春の花があざやかに咲き広がっています。