1945年8月15日、日本は終戦を迎えました。戦争の記憶を語るとき、この日は大きな節目となっています。しかし、終戦の日を境に、急に平和で安心できる世界が訪れたわけではありません。
なかでも、終戦間際に中国に残された人々の苦しみは、長きに渡りました。きょうご紹介するのは、自力で日本の家族を探し、中国からの帰国を果たした中国残留孤児の青年・城戸幹さんの半生をつづったノンフィクション。幹さんの娘である、城戸久枝さんによる作品です。
3歳で中国に残され、中国人の名前をもらって育てられた少年
城戸幹は、満洲国軍の軍人である父と、母、弟とともに中国に住んでいました。終戦間際に過酷な状況の中で祖国への引き揚げをしますが、乗っていた列車がソ連軍に攻撃された衝撃で投げ出され、たったひとり、取り残されてしまいます。
その時の幹は、わずか3歳。ひとりではとても生きられませんでしたが、たどり着いた村の人々の助けもあり、世話をしてくれる女性に出会います。
中国の母となった淑琴は、幹に「孫玉福」という中国名をつけ、夫とともに実の子どものように可愛がって育ててくれました。
中国で学校に通ううち、日本語はしだいに忘れて成長していく玉福。でも、「自分は日本人だ」という意識はずっとありました。日本人を良く思わない中国人に出会うこともあり、日本人であることを隠したりもしましたが、やがて「日本に帰りたい、本当の両親に会いたい」という気持ちを強くしていきます。
そして、なんとかして自分の出自を知りたいと、自力で奔走するのですが……。
自分の日本名すらもわからない状態から一歩を踏み出し、25年後、28歳の時に、ようやく日本へ帰国を果たした幹さん。幹さんの帰国時にはまだ「中国残留孤児」という呼び名はなく、大きな注目を集めました。そして数年後には、同じような中国残留孤児の人々が、数多く帰国することになります。しかし、幹さんよりも年を重ねてから帰国した人も多かったため、自分の出自がわからないままの人も少なくありませんでした。
この本では、作者の城戸久枝さんが、父である幹さんの半生を追いながら、幹さんが日本人という理由で中国で強いられた苦労や、中国の母・淑琴と別れる葛藤、日本への強い思いなどを、丁寧に描いています。
家族の歴史をさかのぼると、「戦争」がある。子どもにもわかりやすくつづった一冊
この本の元になったのは、城戸久枝さんが2007年に出版し、講談社ノンフィクション賞など3つの賞を受賞した名作です。同じく城戸幹さんの半生を追ったノンフィクションですが、久枝さんに息子さんが生まれ、「じいじ」に当たる幹さんの話を伝えようと思ったとき、これでは子どもには難しいと、今回子ども向けに書き直しました。
幹さんを追う物語パートの合間に、「お母さんが息子に語りかける」という会話の場面が挟みこまれており、このお話が遠い時代のことではなく、自分たちにつながっていることなのだ、ということが感覚的にわかるようになっています。
あとがきで城戸久枝さんは、このように書いています。
いま、この本を読んでくれているあなたにも、きっとあなたの家族の物語があるはずです。ひいおじいさん、ひいおばあさん、おじいさん、おばあさんから、お父さん、お母さん、そして、あなたへとつながる物語が……。あなたがうまれる前の、あなたにつながる家族の物語。その物語をたどるなかで、だれもがかならず、それぞれのかたちで、あの戦争を経験しているということを知るでしょう。
そう、長くつながる物語の一部に、あの戦争があったのです。
どんな人でも、家族の歴史をたどると「戦争」がある。それを知ることで、戦争への向き合い方が少し変わるかもしれません。
ぜひ、親子で手にとってみてください。