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時間色のリリィ

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「おっ、ようやく帰ってきた……待ちくたびれちゃったよ。で、その子がミコミコちゃん?」

 女の子の口ぶりはなんだか生意気で、ロミはちょっとムッとした。園内くんとどういう関係かは知らないけれど、どう見たって自分たちより年下だろうに。

 けれど、どちらかというと強気の性格のロミも、すぐに文句をぶつける気にはなれなかった。その女の子のスタイルが、少しばかり変わっていたからだ。

 ミニ丈のジャンパースカートにコバルトグリーンのブラウスを着ているのだけれど、そのジャンパースカートが燃えない布地でできているみたいに銀色––––そのうえプリーツやウェスト、肩や脇腹なんかにオレンジの細いラインが走っていて、なんだか目に痛い。まるで未来から来たみたいなスタイルなのだ。

 おまけに目の上でパッツンと切りそろえた髪が、金髪かと思えるくらいに明るい茶色だった。もしかするとカツラ……じゃなくて、ウィッグってヤツ?

(あれは、なにかのコスプレなのかな)

 とてもふだん着には見えないから、たぶんそうじゃないかとは思う。きっと自分の知らないマンガかアニメの格好をしているんだろうけど、その割にはひざ元までのハイソックスに赤い靴というのが、ちょっとふつうすぎる感じがする。

「園内くん、あの子、知りあい?」  

 ロミがそうたずねたとき、銀色の服を着た女の子が、右手の指を鳴らした。パチンという音と同時に、のばした人差し指の先に丸くて白いものがあらわれる。手品ならば、おみごと……とは思うけど、あきらかに園内くんのおでこに貼ってあるものと同じシールだ。

「ねぇ、ミコミコちゃん」

 女の子は急にかしこまった口ぶりになり、妙にしおらしい態度で近づいてきた。なんだかあやしさタップリ。

「じつは、聞きたいことがあるの」

 そう言ったかと思うと、いきなり女の子はスカートの左ポケットからなにか取りだそうとした。その拍子に茶色い小さな粒みたいなものがこぼれて、地面に落ちる。当たり前のようにロミの目は、それにむいてしまう。

「スキありっ」

 そのとき、女の子はいきなり手をのばしてきて、右手の人差し指についたシールをロミのおでこに貼ろうとした。

「甘い!」

 その指先をロミはすばやくかわし、同時に女の子の手首をつかむ。

「私の動体視力をなめないでよね……3年のときからミニバスできたえてるんだから」

「ミニバスってなに? 小さいバス?」

 ロミに手首をつかまれたまま、女の子は親しげな口ぶりで話しかけてくる。

「えっ? ミニバスケットボールのことだけど」

 思わず素にもどって答えたとき、今度は別の方向から女の子の左手がのびてきた。ロミはつかんでいた手首を放して、2歩ほどうしろに下がる。

「ちょっと逃げないでよ。このシールを、おでこに貼らせてもらいたいだけなんだから」

 女の子は人差し指のシールを見せながら、口をとがらせていった。

「いやいや、そういうのはけっこうです。なにかカッコ悪いし」

「まぁ、そういわないで。いま、ナウなヤングに大流行りなんだよ」

 いまどきはおじいちゃんでさえ使わないような言葉が飛びでてきて、思わずロミは笑ってしまう。

「ナウなヤングって……あなた、何歳よ」

「そのへんのことは、ちょっと親の人に聞いてもらわないと、わかんないんだけど」

 その答えを聞いて、ロミはムッとした。なんだかバカにされてるような気がする。いや、きっとバカにされているのだ––––そう思うと、頭に血がのぼってくる

「ちょっと園内くん、この子、どういう知りあいなの? 二人して、わたしをからかってる?」

「いや、知りあいってわけじゃないんだけど」

 そう言いながら園内くんは、困ったように頭のうしろをかいた。

「だいたい、なによ。おでこにシールなんか貼っちゃって」

 そう言いながらロミは、園内くんのおでこに貼りついていたシールを、いきおいよくはがした。

「やっぱり、ナウなヤングに大流行り?」

 いじわるのつもりでいったけれど、園内くんは不思議そうに目をパチパチさせるだけで、なんとも答えなかった。

「あ、ゴメン。そのお兄さんは悪くないから、怒らないであげて。ただ、友だちのたのみを聞いてくれただけなんだから」

「やっぱり友だちなのね」

「いや、御子柴さん、その子とは、さっき学校の近くで、初めて会ったんだよ。ちょっと聞きたいことがあるって声をかけられて……どうして友だちみたいに思ってたのかな」

「それは、このシールの力で―す」

 女の子は、ロミに貼ろうとしたシールを見せながら、明るい声で答えた。

「このシールをおでこに貼ると、少しのあいだだけ、貼った人と子どものころからいっしょにいたみたいな気持ちになるんだよ。つまり、その人と幼なじみレベルの友だちになれるの……まぁ、効き方は人によってちがうんだけど」

 そう言いながら女の子は、近くのブランコのかこいに腰を下ろした。

「そのお兄さんはやさしいんだけど、きっと用心深いタイプでもあるのね。だからシールをはがしたとたんに、どうしてわたしを友だちみたいに思ってたのかが不思議になるんだわ。人によっては、そのまま本当になかよしになっちゃうのに……いってみれば、細かい人ってことよね」

「ウソばっかり」

 よくわからないけれど、そういうヘンテコなアイテムがあるのは、マンガやアニメの中だけの話のはずだ。

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  • 朱川湊人

    朱川湊人

    1963年1月7日生まれ。大阪府出身。出版社勤務をへて著述業。2002年「フクロウ男」でオール読物推理小説新人賞、2003年「白い部屋で月の歌を」で日本ホラー小説大賞短編賞、2005年大阪の少年を主人公にした短編集「花まんま」で直木賞を受賞。おもな作品に、『スズメの事ム所 駆け出し探偵と下町の怪人たち』『アンドロメダの猫』『無限のビィ』『冥の水底』『なごり歌』『かたみ歌』『サクラ秘密基地』『オルゴォル』『銀河に口笛』『いっぺんさん』『都市伝説セピア』などがある。

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ぬまの100かいだてのいえのさがしものクイズもけっこうむずかしかったけどたのしかったきもちもあったりでうれしかった。100かいだてのいえのなかでいちばんすきだった。(6歳)

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