「次の元号のジュブナイルSF」
新井素子/作家
とってもオーソドックスなジュブナイルSF、かな。最初はそう思っていた。
うん、主人公の千明くんって男の子が、ジョギング中に変な男を見かけたときから、お話は始まる。走っているのに、坂を上っているのに、腰がぶれない。下半身だけが動いていて、頭も揺れない。人の形をしたダチョウみたい……って、この表現だけ見ると、可愛いな。なのに……走るの、遅いのよ。千明としては、「どんな人なんだろう?」って思って、顔を見ようとしたんだけれど、相手が角を曲がったところで、見失ってしまった。
で、その日から、異変が起こりだす
まず、クラスメートの一家が、謎の消失。消失した一家は、あの変な男が消えたあたりに住んでいたはず。
ついで、千明は腰まである長い青い髪の女の子が、駅前商店街で万引きしようとしているのを発見、それを止めようとして、思わず「そんなことをしてはいけない」って思ったら、なぜか女の子、万引きを中止しようとする。でも、同時にそんな千明の思いを押し返してくる“何か”を感じて……千明は気を失ってしまう。
そして、はっと気がついたら、妙に肌寒い。あわてて家に帰ると……家が、ない。お隣さんはそのままあるのに、自分の家があった場所だけが、更地になっていたのだ。気を失ったときからそれまでの間に、三か月くらいの時間がたっていて、両親は行方不明、家は売られていた……。
うおお、この辺までの進行、これだけを見ると、昭和のジュブナイルSFさながら。
町に忍び寄る謎のもの、消える人々、よくわからない万引き少女に、なぜかその行動に干渉できる自分、そしてそんな千明の意志を押しかえしてくるもの。いきなり時間が飛び、なくなってしまった千明の家。
でも。個々の要素が、昭和のジュブナイルSFとは、まったく違うのだ。
たとえば、昭和のSFだったら、ひとが消えるって大事件だ。ふっと気がついたら三か月たってて、親がいないって、大変な事態だ。なのに。
––––カード破産。母親がブランド品などで散在 家のローンのほかにも借金がたくさんあって 父親の事業は自転車操業 そのため一家で失踪したと判断
なんか、するんと、行政がそれに理屈をつけてくれちゃうんだよねえ。しかも、そんな子どもを収容してくれる施設もある。親がいなくなってしまった、親が育児放棄した子どもは普通にいるって……あああ、平成。
また。千明くんも、昭和のお話の主人公ではあり得ない今時の造形だ。なんたって、やりたいことは特にない、試験やりすごしたらあとは好きなマンガ読んでりゃいいや、かといってマンガ家になりたい訳でもなく、大人になったら仕事をするんだろうなって思ってはいても、やりたい仕事なんてない、夢なんてない、必要もないって言い切っちゃう。
千明以外の主人公も、そうだ。ある意味、必死さがまったくないっていうか……とっても、泥臭くない。これで世界が終わってしまうかもしれないって局面になっても、「無理なものは無理だ」って言い切っちゃって、むしろ最後の瞬間までチェスでもやって楽しもうなんて感じになっちゃったりする。
でも、こんな登場人物たちだから。逆に、ときどき、ふっと思ってしまう述懐が、妙に新鮮だ。千明が、「仕事がうまくいかなくてビールをのんでぐちっていたおとうさんは、きっと自分には大変なことばかりふりかかってくると思っていたかもしれないけど、やっぱり幸せだったにちがいない」なんて思うと、これは、ちょっと、泣けてくる。
うん、昭和のお話が、とても素直っていうか、まっすぐだったとすると、このお話、曲がりくねっている感じはある。それが“今”なんだろうなあって思う。
今年の五月で。平成は終わる。次の元号が何になるのか、今はまだわからないんだけれど、このお話は、きっと“次の元号”のジュブナイルSFになるんじゃないかって思う。
新井素子
1960年東京生まれ。「あたしの中の……」が第一回奇想天外SF新人賞佳作に入選。「グリーン・レクイエム」「ネプチューン」で2年連続の星雲賞日本短編部門受賞。『チグリスとユーフラテス』で日本SF大賞受賞。作品に「星へ行く船」シリーズ、『未来へ……』『イン・ザ・ヘブン』など多数。