中国発の大人気ファンタジーシリーズ「紫禁城の秘密のともだち」(常 怡 作/小島敬太 訳/おきたもも 絵)は、広大な紫禁城を舞台に繰り広げられる、女の子・小雨と神獣たちのわくわくする物語です。第1作『神獣たちのふしぎな力』の刊行を記念して、翻訳者の小島敬太さんにお話を伺いました。
おもな登場人物
この本との出会い、翻訳のきっかけを教えてください。
中国の広州市に一年半ほど住んでいました。家の近くに大きな本屋があり、毎日のように通っていました。児童書コーナーにふらりと立ち寄ったとき、この本の原書を見つけたのです。ちょうどシリーズの最新作が出たばかりで、大きくスペースを使って、目立つように並べられていました。
原書のタイトルは『故宮里的大怪獣』。故宮(紫禁城の現在の名前)にいる大怪獣という意味です。大怪獣というと、倒さなければいけない怖いモンスターという印象がありましたが、表紙に描かれた龍のようなキャラクターは、怖くは見えません。
「いったいどういうお話なんだろう?」
興味を持った僕は、その本を手に取りました。
読んでみると、表紙の印象の通り、おそろしいモンスターは出てきませんでした。
登場する「怪獣」は、龍をはじめ、中国で古くから尊敬されている神獣たち。巨大な体やおそろしい顔など、少し近寄りがたい雰囲気ですが、それぞれに趣味や悩みがあったり、気弱だったり、おっちょこちょいなところがあったりと、まるで人間のよう。気づけば、主人公の女の子・小雨と神獣たちの間に友情のようなものが生まれていきます。「ともだち」として助け合う小雨と神獣のやりとりを見ながら、退治されるモンスターがいない、この平和な世界にずっといられたらいいのにな、と思いました。
とくに印象に残ったのは、何度も登場する「相談」のシーンです。
紫禁城で事件が起こるたび、神獣や、のらねこなどの動物、そして人間の小雨が集まって相談します。神獣たちはみな年齢が数千歳以上で、動物や人間から敬われているのですが、だからといって、神獣の言うことが絶対に正しいわけではありません。のらねこたちも、人間も、みな、同じように知恵を出し合い、答えを探していくのです。
僕は、この相談のシーンに強く心を打たれました。こんなともだちがいたら、なんて幸せだろう、早くこの素敵なともだちを日本の皆さんに紹介したい、と思いました。
紫禁城で起こる事件のように、僕たちが生きるこの世界は、わからないことでいっぱいです。でも、この本を読めば、先の見えない未来も楽しみになってきます。答えは、今、この瞬間を生きるみんなで見つけていけばいいのです。おとなだって、子どもだって、年齢なんて気にする必要ありません。神獣と小雨だって、数千歳も年が離れているのですから!
翻訳されていて苦労したことはありますか。
中国語から日本語に訳す際、苦労したのは擬音語、擬態語などのオノマトペです。
実は、日本語に比べると中国語のオノマトペは多くありません。神獣たちの生き生きした姿を表すために、原文では書かれていないオノマトペを加えた部分もあります。もちろん適当に加えたわけではなく、原文の「漢字」の中に隠されたオノマトペを導き出すという作業でした。
漢字は、表意文字といって、一文字一文字が意味を持ち、組み合わせると、さらにいろいろな意味を生み出します。
例えば、「小心翼翼」という言葉。一言で説明すれば、「慎重に」や「注意深く」といった意味の言葉ですが、この四文字をじっと見ていると、両腕を気弱なニワトリのように頼りなく浮かせながら、声を殺し、足音を忍ばせて、そおっとそおっと歩いている人のように見えてきませんか? 緊張した心臓のドキドキまでもが伝わってくるようです。
このように、漢字を見たときに心に浮かぶ映像的な臨場感を、日本語のオノマトペなどで補えるように翻訳を進めていきました。
さて、日本の児童文学で、オノマトペの宝庫といえば、宮沢賢治の作品。僕は音楽家として〈朗読劇『銀河鉄道の夜』〉というプロジェクト(第32回宮沢賢治賞奨励賞受賞)に10年以上、携わっています。宮沢賢治の物語は、目には見えない世界が、実は当たり前のようにわたしたちの隣に存在していることを僕に教えてくれました。
『紫禁城の秘密のともだち』の主人公・小雨は、きらきらと輝くイヤリングを偶然拾ったことで、神獣や動物の声が聞こえるようになりました。今まで見えなかった神獣たちの世界がそこにはありました。だけど、それは特別なものではなくて、昔から、わたしたちのすぐ隣に、当たり前のように存在していた世界なのです。
小雨の目線で、そんな“当たり前”の不思議な日常を感じ取れるように、言葉やリズムを意識しながら翻訳していきました。
紫禁城の中で気になる場所はありますか?
サッカー場101個分もある広大な紫禁城。現在は故宮博物院と名前を変え、世界最大級の博物館として、毎日大勢の観光客が訪れています。しかし、そんな紫禁城の中でも、現在も公開されていない建物などがまだまだたくさんあるのです。
物語のなかで龍が登場する巨大な仏殿「雨花閣」もそのひとつ。屋根には、地上を見下ろすように、立派な龍の像が置かれています。伝説では、夜になると、この龍が屋根から抜け出して、水を飲みに行くのだとか……。月の光を浴び、金色に輝く龍。清王朝の人々は、どんな気持ちでこの龍を見上げていたのでしょう。そんなことを想像し、この神秘的な建物への興味はつきません。
好きな登場人物について教えてください。
行什
猿の顔に、鳥のくちばし、背中から翼が生え、大空を自由に飛びまわる雷の神様・行什は、紫禁城にいる神獣の中でも元気あふれるやんちゃ坊主。
雷の神様でやんちゃなんて、ちょっと危なっかしい感じがしますが……、実際、本当に危なっかしいんです! 怒って雷を落としてしまったり、紫禁城を停電させてしまったり、ほかの神獣もあきれるほどのトラブルメーカーですが、それでもどこか憎めないところが、行什のいちばんの魅力。こんなともだちがいたら毎日楽しいだろうなあ、とほほえましくなります。
シリーズの今後のみどころを教えてください!
2巻では小雨の前に、ひとりの不思議な少年・永楽が現れます。永楽は小雨と同じように神獣や動物と話ができて、さらに神様を呼び出すおまじないまで唱えることができます。永楽はいったい何者なのか、そして小雨の拾った不思議なイヤリングとの関係は……?
1巻に続き、個性あふれる神獣も続々登場。その他、中秋節など中国の伝統行事にまつわるエピソードもたくさん出てきます。
3巻ではさらに、小雨と永楽より年下の家出少年が現れます。弟のようなその少年の存在が、小雨と永楽の心を、ひとつの家族のように結びつけていきます。
神獣や動物、ほかの誰かの気持ちを想像して、一緒に泣き、笑い、怒ることができる小雨。その優しさは1巻と変わらないままです。神獣や動物との心温まる交流を通じて、ひとりの人間としても成長していく、小雨に注目してもらえたらと思います。
ありがとうございました!
小島敬太
1980年、静岡県浜松市生まれ。早稲田大学第一文学部卒業。翻訳家・作家・音楽家。訳書に『中国・アメリカ 謎SF』(柴田元幸との共編訳)。著書『こちら、苦手レスキューQQQ! 』(絵・木下ようすけ)ほか。また、シンガーソングライター・小島ケイタニーラブとして、『毛布の日』(NHK みんなのうた)などの楽曲を発表。