『つれてこられただけなのに 〜外来生物の言い分をきく〜』は、人間から「わるもの」にされている外来種の生物が、不満を語るという設定の本。その「ぼやき」も、イラストも、どこかユーモラスで楽しい?ですが、それだけでなく、人間につれてこられたいきさつ、増えたいきさつもきちんと説明しています。
この本の企画は、小宮輝之さんと、ライター有沢重雄さん、担当編集者がいろいろと話をするなかで、「各地でかいぼりをやっているけど、かいぼりってもともと悪化した水質やヘドロなど、目的はおもに水の環境をよくするためのものだったのに、最近なぜか外来生物の駆除が目的になっていない?」という疑問をもったことがきっかけでした。
今回、小宮輝之さんへのインタビューを、有沢重雄さんにお願いしました。
有沢 最近のかいぼり、ちょっと、むかしとイメージが変わりましたよね。
小宮 そうですね、かいぼりに参加している人たちは、大人も子どもも、かならず外来種と在来種とを仕分けしようとしますよね。コイでさえも外来種として仕分けされていることがあり、あれだけ長いあいだ、日本人とともにいて、ときに食をささえた生き物なのにと、とまどいをおぼえます。
有沢 カダヤシ、シロツメクサなど、これも外来種だったのか!とおどろく人も、きっと多いでしょう。
小宮 この本では取り上げていませんが、在来種と思われていたクサガメは、DNAを調べて見ると、外国のものとおなじだったことがわかり、最近では、江戸時代にペットとして外国から入れられたんではないかと言われるようになりました。でも、わたしは、クサガメはもっと古い時代に大陸から人が渡ってくるときに、船員が航海中に食べる食用としてつれてきたのではないだろうかとも思っています。
このように、史料として残らない時代から、日本にはさまざまな生き物がやってきていて、日本は外来種だらけと言ってよいですね。
有沢 外国産の生き物や植物にたいする表現で、外来種、外来生物、移入種など、さまざまな言い方がありますが。
小宮 外来種と外来生物は同じ意味ですが、最近になって、外来生物法という法律ができたことで、それらの言葉がでてきました。それ以前は、移入種という言い方をしていました。国内で、ある種の生き物をべつの地域に入れるときなどに用いる、わかりやすく使いやすい言葉なんですけど、その場合も使われなくなり、いまは国内外来種と言います。
さらに、わたしが子どものときは、帰化動物、帰化種という言い方がふつうでした。帰化という言い方には、言葉としては、もう日本の中にすっかり溶け込んだ、というイメージがありますよね。アブラコウモリやドブネズミなど、あたりまえのように身のまわりにいる生き物を指すときに使いやすい言葉ですが、その言葉も、だんだん使われなくなっています。
有沢 ただ、植物では、いまでも帰化植物という言い方はしますね。図鑑でも「帰化植物図鑑」とか言います。
小宮 ああ、そうですね。
有沢 外来生物のなかで、とくに生態系に影響があったり、人間の生活に脅威をあたえたりする生物が「特定外来生物」に指定されています。その対象が、明治時代以降に入ってきた生物ということですが、その区切りには意味があるのですか。
小宮 モンシロチョウやスズメ、菜の花など、明治時代どころではない、もっと古い時代に入ってきたと言われています。そんな外来種まで対象にすると、日本は外来種だらけで、たいへんなことになります。明治時代は、外国のものを人為的に導入した時期です。急激に外来種が増えたということで、対象を明治以降にしたのだと思います。
有沢 日本全国に分布を広げ、名前からも明らかに外来生物とわかる、アメリカザリガニやミシシッピアカミミガメなどは、特定外来生物に指定されていませんが、なぜでしょうか?
小宮 まず、すでにあまりに広く分布して定着してしまっているからです。それから、特定外来生物に指定すると、飼育や移動ができなくなり、生き物の教材として使えなくなり、飼育している子どもたちも罰則を受けなければならなくなります。また、罰則をおそれて、ないしょで捨ててしまうことにもなるので、指定されていないのでしょう。
有沢 僕は、外来生物を調べていくうちに、人間が人為的に外来種を入れたことで生態系がダメージを受けたのに、人間はまた同じまちがいを犯したことも知りました。ハブ対策で沖縄に導入したフイリマングースが固有種を脅かして問題になっていたのに、その後、奄美に導入してやはり問題になるなどが典型的な例です。
小宮 マングースは世界各地で、ネズミによる農業被害を防ぐために利用されていて、その西洋式のやり方をまねたのでしょう。目の前の問題を早く解決させようとしたのでしょうね。でも結果的には、世界も日本も、どれも失敗していますよ。
有沢 日本では突然に、外国産のカブトムシ、クワガタムシが、ふつうのペットショップで販売されるようになりましたね。
小宮 はい、あれはびっくりしました。当時、動物園に勤務していましたが、スタッフみんなでだいじょうぶかな?と心配していました。その心配は当たって、在来種との交雑などが心配されるようになってきています。
有沢 かいぼりのことに戻りますが、最近の風潮でしょうか、黒と白、善と悪というふうに分けたがる傾向がありませんか? 善の在来種、悪の外来種というように。
小宮 日本人って、ほんとうはそうじゃなかったんです。農耕民族特有のやさしさというか、外来のものをおだやかに受け入れて、命をだいじにする民族ですよね。
有沢 いまの子どもは、むかしの子どもと、生き物に対する接し方がちがいますか。
小宮 むかしにくらべて生き物とのふれあいの機会が少ないですね。本やテレビなどからの知識は多いのですが。
以前、テレビの番組に出演して、学校のあるクラスの子どもたちをいろいろなグループに分けて、そのなかに、アリを飼うグループがありました。そのグループの男の子が、「ぼくはこれまでアリなんか気にしないで、ふんでしまうこともあったんですが、もうアリがふめなくなってしまいました」と話してくれました。そのとき、子どもたちって生き物に触れることに飢えているんだなと感じました。
本や画像から得る知識だけでは、生き物の対するいつくしみの感情とか、いのちをたいせつに思う気持ちとか、生まれにくいのではないかと実感したんです。
有沢 さっき、日本は外来種だらけ、とおっしゃいましたが、日本は外来種が入りやすく、すみつきやすいのでしょうか。
小宮 いえ、日本が特別そういうわけではありません。近年の外来種の問題は、やはり世界的な人の行き来や貨物の流通の増大が影響しています。あと、自然環境の破壊も関係しています。外来種は、生態系がきっちり機能している場所にはあんがい入りにくいのですが、環境がこわされて生態系がない場所には、入ってきやすいんです。
有沢 この先も、ヒアリなどのように、問題のある外来種もかなり増えてくるのでしょうが、どのように対処していけばよいのでしょうか。
小宮 やはり生き物に対する正しい知識を持ち、どのような影響があるのか、よく考えることだと思います。みなさんも、この本を読んで、考えてみてください。
構成・文を担当した有沢重雄さん(左)と。今回、マスクをしてのインタビューになりました。
コロナ禍のなか、どうもありがとうございました。
監修 小宮輝之(こみや・てるゆき)
東京都生まれ。多摩動物公園の飼育係に就職。上野動物園、井の頭自然文化園の飼育係長、多摩動物公園、上野動物園の飼育課長を経て、2004 年から2011 年まで上野動物園園長。著書に『日本の家畜・家禽』『ほんとのおおきさ・てがたあしがた図鑑』(学研教育出版)、『くらべてわかる哺乳類』(山と渓谷社)、『哺乳類の足型・足跡ハンドブック』『ZOO っとたのしー!動物園』(文一総合出版)、『だれの手がた・足がた?』(偕成社)など。
構成・文 有沢重雄(ありさわ・しげお)
高知県生まれ。出版社、編集プロダクションを経て独立。自然科学分野を中心にライティング、編集に携わる。著書に『自由研究図鑑』『校庭のざっ草』(福音館書店)、『せんせい!これなあに?(全6 巻)』『だれの手がた・足がた?』(ともに偕成社)、『花と葉で見わける野草』(小学館)、絵本『どうしてそんなかお?』全3 巻(アリス館)、図鑑『生き物対決スタジアム』全4 巻(旬報社)などがある。