「この子、恐竜の本ばかり見るんです」
「うちの子、電車の本しか興味がないんです」
そんな言葉をお母さんたちからよくききます。
わたしの答えは、「わー、好きなものがあるっていいね!」です。たくさんの情報があふれるなか、自分が好きなものをみつけることができるって本当にいいなあと思います。
でも、たしかに、こだわりがあるって、世の中ではあまりいい感じに言われていないかもしれない。こだわりは悪いことではないという前提のもとで、「ほかに何か、子どもがこだわって困っていることある?」とお母さんにきいてみる。そうすると、本のこだわりだけでなく、
「砂遊びは、手や服がよごれるのをいやがってやらない」
「新しい場所が苦手」
「じっとしていられない」
などなど、いろんな気になることを抱えて、本当は悩んでいる親の姿と出会うことになる。
毎日、24時間子どもとかかわっているお母さんやお父さんにとって、それはとっても大変なこと。子育てって、できてあたりまえと思われているかもしれないけれど、そんなことはないですよね。こだわりが強いのを、「大丈夫かな?」と心配して、パソコンやスマホで検索してみて、かえって不安を抱えてしまうケースがある。
小さいころはこだわりが多いもの
実は、小さいころというのは、こだわりが多いものです。
とくに「魔の2歳児」と言われる、なんでも「イヤイヤ」という時期・・・・・・。「この本じゃなきゃいやだ!」という態度に、「もう!」となっているお母さんやお父さんを見かけることも。
でもたいていは、だいじょうぶ。永遠に続くような気がするそんな時期も、気がつくとあっさり終わっている。こだわることで一番大変なのは本人かもしれないので、好きな本やこだわっている本を好きなだけ見ることができるように、工夫してあげるのもいいのではないかなあと思ったりします。
「発達障がい」と言われてびっくりすることもあるかもしれないけれど……
ときには、こだわりの強さから「発達障がい」と診断されてしまうこともあるかもしれません。「障がい」ときくと、びっくりしてしまうけれど、他の人とはちがう個性を持ってきたんだなあと、じっくり子どもを観察するくらいのゆとりを持てたらいいなあとわたしは思っています。その子が「今」を快適に過ごせるような関わりかたのコツを見つけてあげられるといいですね。そのこだわりをもった分野で大きな成果をあげている人もたくさんいるので。
何年も前、わたしが保育園で担任をしていたころ、クラスに「アスペルガー症候群(今は自閉症スペクトラムという診断名に統合されています)」と診断されていたこうくんという男の子がいた。こうくんは電車が大好き。3歳にして、その電車にくわしいことと言ったら!
「もとこせんせい、カシオペアはね、しんだいとっきゅうです。とうきょうと・・・・・・」
「スーパー北斗」から「カシオペア」にいたるまで、全国を走っている電車のことを、こうくんからたくさん教えてもらった(現在、カシオペアは廃止になっているそう)。
みんなが絵本を読んでいるとき、ちょっと離れたところで電車の図鑑を見ていることが多かったこうくん。わたしは本屋さんで、「これはこうくんが喜ぶだろう」と思う本をいつもさがしていた。それをいっしょに見るときはとても楽しく、わたしが気づきもしなかった電車の色のちがいや地方のことなどに思いをはせることもおもしろかった。お母さんも「大きくなったら、この子と『全国電車の旅』ができますね!」と言うので、わたしもいっしょに行きたいなあと思っていた(こうくんが小学校を卒業するころにお母さんと再会したら、「興味が他のことに移ってしまいました」とちょっと残念そうでした)。
考えてみると、絵本を通して、興味をもった世界をとことん楽しめるなんて、絵本はなんてすてきなツールなんでしょう! ふりかえってみてあらためて思いました。
大人も思わず興味を持って見てしまう『どうろこうじのくるま』
わたしが勤務していた児童センターのカウンターでは、表紙が見えるよう、イーゼルに立てかけて絵本を何冊か置いていた。もうすぐ2歳のゆうくんは玄関から入ってきて、『どうろこうじのくるま』(こわせもりやす 作・絵)を見つけると、くつをぬぎすてるようにして、カウンターに近づいてきた。そして、一生懸命背のびをして、その本をとろうとする。
お母さんは「せんせいにおはようって言った? くつをしまってからね」と言っているけれど、もうきこえない。わたしが「ゆうくん、おはよう。これを見たいんだね」と、本をとってあげると、その場ですわりこんでページをめくりはじめる。お母さんも「いい本があってよかったね」と来館者名簿に名前を書きながら、ちゃんと声をかけてくれていた。
子どもたちは道路工事の車が大好き。保育園のお散歩の時間、途中で工事しているところがあると、そこから動いてくれなくて困ったことも。この本は、そんな車好きな子にちゃんと応えてくれる。前から見たところ、後ろから見たところ、動いているところが図鑑のように驚くほどちゃんと描かれている。
登場する車は、「クローラしき ゆあつショベル」「ホイールローダー」「ブルドーザー」「モーターグレーダー」「ロードローラー」「アスファルトフィニッシャー」「タイヤローラー」! 車の絵だけでなく、その車が働いているところが、働いている人といっしょに描かれている。大人だって思わず興味を持って見てしまう内容。朝、準備体操をしている工事現場の人や、休憩時間にちょっと買い物へ行っている人も描かれていて、すみずみまでじっくり楽しめる。
その日から、ゆうくんは『どうろこうじのくるま』を楽しみに来てくれるようになった。お母さんも、カウンターにその本がないときには「あの本、お願いします!」とゆうくんの気持ちを代弁。そんな風に子どもが好きな本をいっしょに楽しんでくれるお母さんもいいなあと思って見ていました。
子どもが好きで、こだわる本があったら、いっしょに楽しむのがおすすめです!
安井素子(保育士)
愛知県に生まれる。1980年より、公立保育園の保育士として勤める。保育士歴は、40年近く。1997年から、4年間、椎名桃子のペンネームで、月刊誌「クーヨン」(クレヨンハウス)に、園での子どもたちとの日々を、エッセイにつづる。書籍に、名古屋の児童書専門店メルヘンハウスでの連載をまとめた『子どもが教えてくれました ほんとうの本のおもしろさ』(偕成社)がある。現在、保育雑誌「ピコロ」(学研)で「きょうはどの本よもうかな」、生協・パルシステムのウェブサイトで「保育士さんの絵本ノート」を連載中。保育・幼児教育をめぐる情報を共有するサイト「保育Lab」では、「絵本大好き!」コーナー(https://sites.google.com/site/hoikulab/home/thinkandenjoy/picturebooks)を担当している。保育園長・児童センター館長として、子どもと一緒に遊びながら、お母さんやお父さんの子育て相談も受けてきた。現在は執筆を中心に活動中。