やと(谷戸)は、なだらかな丘にはさまれた浅い谷の地形のことをいいます。『やとのいえ』(八尾慶次 作/第68回産経児童出版文化賞大賞受賞作)は、やとの自然と、そこに暮らす人々の150年あまりの営みを、十六らかんさんと一緒にじっくりと見ていく絵本です。
十六らかんさんの視点で描く、やとの村の150年
この絵本では、1軒の農家を舞台に、明治時代初期〜現代までの150年をかけて、かつてのやとの風景と、開発を経て、新しい街が生まれていく軌跡を定点観測で描きます。日本各地で見られた農村が、高度経済成長期を経てニュータウンに姿を変えるようすを、当時にタイムスリップした感覚で見ていきましょう。
今から150年ほど前、やとをひらいてできた村では、人々は田んぼや畑の世話、炭焼きなどをして暮らしていました。
田植えの準備から稲刈り、1年に1回の夏祭り、遠くの町の空襲など、この村でのできごとを、十六らかんさんはずっと見守ってきました。この家に花嫁さんが嫁いできたときには、幸せをいのって手を合わせました。
その農村の姿が大きく変わったのは、高度経済成長期の頃。戦後、都市部の人口が急速に増えたことで、郊外にニュータウン開発の波が押し寄せたのです。
開発によって、丘は削られ、谷は埋められていきます。自然ゆたかだった丘陵地は、団地やマンションがたちならぶニュータウンへと姿を変えていき、長い間、やとの村を見つめてきた茅葺き屋根の家も、あたらしい家に生まれ変わります。
「明治の農村」が「平成のニュータウン」になるまで
最初のページでは、見渡すかぎりに畑と田んぼが広がる農村だった村も、ページをめくるにつれて、そのようすを変えていきます。自動車が登場し、高圧線の鉄塔が建てられ、戦時中には、丘の向こうの空襲におどろく家の住人の姿が……。
戦争が終わり、平穏がおとずれたあとは、村で農作業をする人の姿が少なくなっていきます。開発のため、美しかった丘は大きくけずられ、その土で谷が埋められていきます。農家の屋根を見ると、生活スタイルの変化にともなって、茅葺きの屋根からトタン屋根、銅板の屋根と変わっていきます。
最後のページには、現代のわたしたちが見慣れた「街の風景」が広がります。150年という長い時の流れが、この1冊で体験できてしまうのです。
巻末では8ページに渡って各場面を振りかえり、稲作や麦作などの農作業、使われている農具、村の習俗や人びとの様子などをくわしく解説。より具体的な暮らしの変化を知ることができます。
この絵本のモデルとなったのは、東京〜神奈川にかけて広がる多摩丘陵ですが、似たような歴史をたどった土地は日本各地にあるはずです。あなたの暮らす町は、元々どのような地形で、どのような人々が暮らし、今の町の姿になったのでしょうか。この絵本で興味をもったら、土地の歴史を調べ、かつての暮らしに思いをはせてみるのもいいかもしれません。