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〈書評〉

『銀杏堂 スフィンクスのつめ』( 橘 春香 作・絵)

不思議な力を持つお宝は、本当にある!(アンティーク・ディーラー 石井陽青・評) 

僕はそろそろ骨董歴30年になるアンティークディーラーです。普通の骨董屋さんとはちょっと違って、ヨーロッパからアフリカ、中東、アジアなど世界中を旅し、珍しい物を見つけてきては販売することを生業としています。

この書評を書くことになったのは、作者の橘さんが僕の書いた本※を読んで、その中に出てくるエジプトの暗闇のオークションのエピソードを物語に取り入れてくれたからです。そんなわけで、この本には、僕のエジプトでの体験が登場します。(※『アンティーク・ディーラー 世界の宝を扱う知られざるビジネス』朝日新聞出版)

今回、『銀杏堂 スフィンクスのつめ』を読んで、レンちゃんと高田さんの話しているようすが、幼いころの自分と祖父との姿に重なりました。僕も毎晩、祖父の話を聞くのが楽しみで、狐や狸に化かされたことや、天狗に幽霊、火の玉の話などを真剣に聞いていたものです。7章の「記憶のもんこうはい」には〈思い出喫茶〉という奇妙な店が出てきますが、店の名前は、〈狸穴〉。祖父もよく狸に山でだまされたと話していました。

この「聞香杯」の話の中に、「とるに足りぬささいなことが、あんがい大切な記憶になるもんだってこと。(略)つらいときに支えてくれるのは、いってみれば、いとしい思い出ってことかな」という高田さんのセリフがあります。これで思い出したのが、若いときにアフリカの砂漠の町でマラリヤにかかり、42度の熱が3日ほど続いて意識が朦朧となったときのこと。ちょうど、聞香杯のせいで現実と記憶が区別できない世界に閉じ込められてしまった高田さんと同じような状況でした。そのとき頭に浮かんできたのは、幼稚園児の頃に母と姉とそうめんを食べていた光景でした。普段のたわいもない日常こそが幸せであり、つらい時にはその記憶が力になってくれる。そう、僕も実感しました。

さて、銀杏堂を読んだ読者は、「本に出てくるような不思議なお宝が本当にあるの? 物語の中だけでしょ」と思うかもしれません。たしかに、スフィンクスのつめや天狗のうちわなど、この物語に出てくるのは、博物館にも展示されていないような不思議な品ばかりです(僕も欲しいです)。

でも、不思議な力を持つお宝は、実は本当にあります。たとえば、疲れがとれる指輪。その指輪をはめると、体中の疲れがその指輪に向かって流れていくようで、肩こりや全身のだるさが楽になりました。そういう指輪は3個扱ったことがありますが、いま考えると、売らずに取っておけばよかったなと思います。また、「竜の卵」とも信じられているチベットの天珠ジィービーズ。飛行機の落下事故でジィーを持っていた乗客が助かり、世界中で一大ブームになりました。僕も常に身につけています。それから、アフリカの不思議な仮面もたくさん扱ってきました。動物の精霊(インパラや鳥、カメレオン、ヘビ、蝶など)が宿るお面で、狩りにいくときにかぶると、精霊がそのお面に降りてくるのだそうです。

こういう話を聞いて怖いと思う人もいるかもしれませんが、僕は銀杏堂の物語から、「物を大切にしていれば何も悪いことは起きない」というメッセージを感じました。ゆうれいが出てくる「星空オルゴール」はちょっと怖い話ですが、自分が作ったオルゴールの音色にみんなが喜んでくれたことで、ゆうれいは成仏します。そう、お宝を通せば、国籍や年齢に関係なく、ゆうれいとさえ、語り合え、仲良くなれるんです。同じ物を食べればおいしさを共有できるように、同じ物を見て感動する者同士は、通じ合えます。僕も世界中でそうした経験をしてきました。

骨董の価値とは何か。僕はレンちゃんの作文に最も大切なことが書いてあると思います。「こっとうはなにかのやくにたつ、べんりなものではないのです。(略)けれど、見る人によっては、そんながらくたが、ものすごいたからものなのです。なぜかというと、こっとうには、れきしがあるからなのです。そのものがたりにかんどうした人にとって、そのこっとうは、たからものになるのです。」現在、コロナで誰もが多かれ少なかれ閉塞感を感じています。そんな中、昔の職人が情熱と技術を費やした骨董品を見ていると、力をもらえます。2つの大戦やスペイン風邪など多くの困難を乗り越え、壊されることなく残り、いまもまた誰かを魅了してくれることに、敬意を感じます。僕たち人間は長く生きられても100年ですが、物は100年どころか何千年もの時を越えて残ります。歴史の教科書で学ぶ古代エジプトや縄文時代、江戸時代のお宝が、いまも僕の手元にあります。それらを実際に目にし、手に取ると、自分がその時代とつながっていることが感じられます。それこそ骨董の素晴らしさではないでしょうか。

届いたきっぷの汽車に乗り、次は高田さんがどんなお宝を見つけてくるのか、僕も楽しみです。これから大人になっていく読者のみなさんには、ぜひ世界に旅に出て、たくさんの人と出会い、自分のお宝を見つけにいってもらいたい。そう願っています。


石井陽青

1976年、埼玉県生まれ。立教大学在学中にアフリカからヨーロッパ、中東、アジアをまわり、アンティークを買いつける。卒業後、アンティークモール銀座に店舗オープン。2005年に西洋美術商協同組合へ参加、2010年に英国の美術骨董商協会(LAPADA)の会員となる。2012年から帝国ホテルプラザ東京に「銀座アンティーク・アイ」を構え、アンティークジュエリーから古代ローマやエジプトの美術品、ガンダーラの仏像など、幅広い骨董品を扱っている。http://www.antique-i/net/

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