icon_twitter_01 icon_facebook_01 icon_youtube_01 icon_hatena_01 icon_line_01 icon_pocket_01 icon_arrow_01_r icon-close_01

書評コーナー

『ひこぼしをみあげて』(瀧羽麻子 作/今日マチ子 絵)

瀧羽さんだから描ける、ちょっとビターな大人の味(吉野万理子・評)

2022.11.15

 瀧羽麻子さんの最新刊『ひこぼしをみあげて』は、3年前に刊行された『たまねぎとはちみつ』の続編にあたる。主人公を取り巻く登場人物がほぼ入れ替わっているので、この新作から読んでもすんなり物語に入れる。それでも、やっぱり前作を先に読むことをお薦めしたい。順に読むと、主人公・千春の成長していく姿が鮮明でまぶしい。

 千春は『たまねぎとはちみつ』では、小学5年生だった。友だちの紗希が塾通いで忙しくなってしまったので、放課後、ひとりぼっちの時間が増える。そんな折、路地裏にある店の風変わりなおじさんと知り合いに。受け身で内省的だった女の子の世界が、少しずつ広がっていく。

 新作の『ひこぼしをみあげて』では、千春は中学1年生になった。紗希とは別の学校に進学。新しい友だちのに引っ張られて天文部に入部したものの、メンバーの熱量についていけず戸惑うところから、物語は始まる。

 スタート時点ではやはり受け身だ。他の部員ほどには星が好きになれない気がして、みんなから不快に思われるかもと考えすぎてしまう。けれど、那彩や先輩たちと話すことで、前向きに関わっていけるようになる。

 そして千春は、部活のメンバーのなかに気になる男性を見つける。片瀬先輩。最初は自覚なく、ただ視界に入り、目で追っているだけ。心情表現はないままに、文章のなかに片瀬先輩の描写が増えていく。やがて彼女は、少しずつ能動的になっていく。

 あ……ひょっとして千春ちゃんってば。読者は、まるでそばにいる友人のように、彼女の変化に気づく。瀧羽さんの筆致は、いつも温かい。

ただし、温かいからといって、甘いわけではない。出会いがあれば、必ず別れがある。願いは叶うとは限らない。そんなリアルさを、読者は突き付けられる。そして人間は、無限に都合よく変化できるわけではなく、業というべきか、変わらない部分も持っていることを痛感させられる。終盤、千春はある重荷をひとりで背負う。誰かに相談しない。

 例えるならば、美味しい抹茶を飲んでいるうち徐々に濃くなり苦くなり、それでもやめられずに最後まで飲み干して、これが大人の味なのかな、と感じる––––この本を読むのは、そんな体験に近いのかもしれない。

 ちょっとビターな大人の味は、瀧羽さんが大人向けの作品を書き続けてきた著者だからこそ、ためらいなく子どもたちに伝えられている気がする。

 出版界には少々奇妙な慣習がある。一般書(大人の文学)と児童書はくっきりと分けられている。書店のコーナーはもちろん、宣伝の媒体も書評する顔ぶれも違う。だから、当然かもしれないが、一般書と児童書を行き来する作家は少ない。

 私自身、もともと一般書でスタートして、その後で児童書“デビュー”したので「分断」に違和感を覚え続けている。だからこそ、瀧羽さんのこの2作品の存在がとても心強いのだ。

 児童書のYAと、一般書の青春文学はとても近いものだと思う。両方を書く作家がもっと増えてほしいし、さらに言えば、その区分が曖昧になっていってほしいと願っている。

『ひこぼしをみあげて』は、瀧羽さんの一般書ファンが見逃してはいけない本だ。一方、この作品を読んだ小中学生には、いずれ瀧羽さんの一般書にも挑戦してみてもらいたいと思う。


吉野万理子(よしの・まりこ)

神奈川県出身。2005(平成17)年『秋の大三角』で第1回新潮エンターテインメント新人賞を受賞。脚本『73年前の紙風船』で第73回文化庁芸術祭ラジオドラマ部門優秀賞受賞。主な作品に「チーム」 シリーズ、『いい人ランキング』『部長会議はじまります』『南西の風やや強く』『時速47メートル の疾走』『階段ランナー』『恋愛問題は止まらない』『5年1組ひみつだよ』など多数。

この記事に出てきた本

関連記事

バックナンバー

今日の1さつ

2024.12.21

子供に書店で選ばせたらこの本をもってきました。見た目の色づかいもかわいく、バーバパパの人柄もわかりやすく思いやりの気持ちを育てることができると思いました。(4歳・ご家族より)

new!新しい記事を読む