ベランダに置物がある。近くに住むお百姓さんの山崎伸一さんが持ってきた。 「先生の庭に一番似合うから」というのが理由である。ジョッキを片手に、うれしそうなおとうさんの像である。 酒屋の店先にあったものだそうだ。足元の大きな樽に水を溜めると、夏の間小さな水場となって自然のお客さんたちの、給水場、浴場、遊び場となっている。 その名残か、冬でもお客さんたちは決まって立ち寄ってゆく。 シメやコゲラ。
今冬は雪が早かった。10月28日のそれが根雪となった。雪の早い年はエゾクロテンが早くやってくる。山の雪に追われて里に来ると言われている。 だが自然界はいつも例外を用意する。 今冬がそうである。 クロテンが来たのは2月の中旬であった。おとうさんがジョッキを持つ手に、時々ぶら下がって遊んでいるといって 客人を喜ばせた。それが遅れてきたクロテンの仕事だった。昨年と同じ個体であった。 足跡から連れがいることがわかった。
3月は北国でも春である。夜でもせいぜい氷点下10度前後。 そこで裏のドイツトウヒの森でいっしょに遊ぶことにした。椅子と机を持ち出し、ブラインドを張る。赤色のランプをつけ、彼らのあとを追う。 ベランダのすぐそばにある、積んだシイタケのほだ木の中と、トウヒの森の倒木の下が彼らの冬の住み処である。 毎夜、3時間あまりいっしょに遊ぶ。
彼らは夜の森は自分たちの世界であることを知っている。 暗くなると、私がブラインドを出ても知らん顔。我がもの顔である。 雪の夜の森は自分たちのものと決めている。
ある日、雪が氷雨に変わった。 冬が終わったと、枝々につく氷が風に吹かれて チリチリと合唱を始めている。
そんな日、積雪の少なくなった倒木のかげをのぞいたら、羽毛の塊があった。エゾライチョウのものらしい。ウッヒッヒとうれしそうに食べるクロテンの姿が目にうかんだ。