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北の森の診療所だより

第8回

大忙しの患者、2月

2017.02.20

 今日は気分がいいらしい。朝からゲラッピーの声がひびいてくる。ゲラッピーは入院患者のキツツキのこと。二羽である。我が家では入院患者に名はつけないことにしている。妙に情がわいて退院のチャンスを失ったことが過去に何度かある。今日は雨だとか、風が強い、所用ができた、果てはもっといい日があるはずだとずるずる延びて、退院をやめることにしましたと、当の患者から主張されることになったこともある。名をもらった患者のことが多い。別れがいやだとは言わないが、それらしい雰囲気のなかで物事が動く。そこでと決めた。入院患者は名無しにする。カルテ番号で呼ぶことと。

 ゲラッピーは例外である。ゲラ1はアカゲラ、右眼の視力がない。放すと視力のある左眼で飛ぶ。時計回りに回転しながら落ちてゆく。片眼で飛ぶとはこういうことです、と私たちに教える。ゲラ2はオオアカゲラ、脳に障害をもつ。放すと2回の羽ばたきで、なぜか落下する。垂直に嘴を地面に突き刺すように落下する。これは怖い。地面が硬かったらと思っただけで青くなる。入院して長い。ゲラ1は19年、ゲラ2は17年となる。両者ともに入院室は玄関。我が家ではどうも長期の患者は最終的には部屋は玄関となる。少しは仕事をしてもらいたいと私が考えるからだ。どの患者も長く住むとそこが自分の城だと考えるらしい。結果として外からの客人を区別する。対応する声が違うのである。そして私たちに知らせる。私の部屋は玄関から一番遠い。でもそこまで来客の種や数、果ては好き嫌いまで知らせてくれるのだから、ありがたい。エゾシカが走ってます、鳥の群れです、ベニヒワみたい、タヌキがのぞいています、なんとも騒々しい。人間の子どもです、それも数が多い、あっ! こんどは仲間です、うれしい。

 あげく夜半「テンです、クロテンが来ています」と、私たちをたたき起こす。それぞれに声の音質が違う。ゲラ1は高くソプラノ、ゲラ2はバスである。合唱してたたき起こす。

 一年前の正月過ぎ、ゲラ1が木にとまらなくなった。足が弱くなってとまることができないのだ。とまり木として用意した木の元で眠るようになった。自然界では、それは許されるはずがない。すぐに、生きてゆけませんと告げられる。5か月後。こんどは木をつつけなくなった。もう体力がないのだ。結果、嘴がどんどん伸びてきた。

 ハチドリだ、と久しぶりに帰ってきた末娘がいった。ほんとにハチドリそのものである。大形だが……。キツツキが木をつつけなくなると、嘴を研ぐチャンスを失うことを知る。ゲラッピー1は一ヶ月に一度、伸びすぎた嘴を切ってもらっている。そうでないと長すぎる嘴で動きが制限されるのである。

 入院患者は最後の役目として、私たちに老いの現実を毎日教えている。

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profile

  • 竹田津 実

    1937年大分県生まれ。岐阜大学農学部獣医学科卒業。北海道東部の小清水町農業共済組合・家畜診療所に勤務、1972年より傷ついた野生動物の保護・治療・リハビリ作業を始める。1991年退職。1966年以来、キタキツネの生態調査を続け、多数の関連著作がある。2004年より上川郡東川町在住。獣医として、野生動物と関わり続けている。

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