保育園や幼稚園へ行きはじめると、これまで家のまわりだけだった世界が一気に広がり、たくさんのお友だちと出会います。大きな子、小さな子、元気な子、おとなしい子。共同生活は、他者とのちがいを知り、自分を知っていく場でもあります。
『さっちゃんのまほうのて』は、そんな幼稚園のなかで、障がいをもった女の子が、あるときふとみんなと自分がすこし違うことを知り、やがてそれを物語です。
さちこのては どうして みんなと ちがうの?
さっちゃんの幼稚園では、いまおままごとが大はやり。もうすぐ妹が生まれるさっちゃんはその日、はじめて役に立候補してみました。ところが、いつもお母さん役をやるまりちゃんがこう言いました。
さっちゃんには生まれつき、右手の指がありません。気の強いさっちゃんでしたが、ふいにそのことを言われ、くやしくて、悲しくて、そのまま幼稚園をとびだして、家に帰ってしまいました。そして、玄関のドアをあけて、お母さんにまっさきにききました。
「おかあさん、さちこのては どうして みんなと ちがうの? どうして みんなみたいに ゆびが ないの? どうしてなの?」
お母さんは、そこではじめてさっちゃんの右手のことについて話します。お腹の中でけがをしてしまったこと、なぜだかは誰にもわからないこと、大きくなっても指が生えないこと……。
(指がないと、お母さんになれないのかな……)すっかり落ち込んでしまったさっちゃんでしたが、お父さんに心配な気持ちをうちあけると、こんなふうに答えてくれました。
「なあんだ、さちこは そんなこと しんぱいしていたのか」
そして、さっちゃんの手をうんとほめてくれたのです。
「こうして さちこと てを つないで あるいていると、とってもふしぎな ちからが さちこのてから やってきて、 おとうさんのからだ いっぱいになるんだ。さちこのては まるで まほうのてだね。」
さっちゃんの手はどんな手?
この物語の主人公さっちゃんは、「先天性四肢障害」という生まれつきの障がいをもった子です。
「さっちゃんの みぎのてには いつつのゆびが ないのです。」
「先天性四肢障害」とは、生まれつき手や足の指が5本より少なかったり、短かったり、欠損していたりする障がいのこと。なぜ、そのような障がいをもって生まれる子がいるのか、原因はわかっていません。この障がいをもつ子どもが生まれる確率は少ないため、これまでに身近で出会ったことがないよ、という方も多いかもしれません。実際に、四肢障害をもつ子の親御さんは、周りの方に「どうしたの?」「なぜそうなの?」と聞かれることが何度もあるそうです。
『さっちゃんのまほうのて』は、先天性四肢障害の娘さんをもつ野辺明子さんと、野辺さんが立ち上げた「先天性四肢障害児父母の会」、四肢障害をもつしざわさよこさんが、絵本作家の田畑精一さん、共同で制作しました。障がいをもつ子の母として、本人として、この障がいへの理解の少なさに悩まれたみなさんが、どんなストーリーにしようか、ことばひとつひとつ、何度も何度も話しあいを重ねて練り上げて、つくったそうです。
ひとりひとりさまざまな異なる特徴があること、そのことを知っていると知らないとでは、大きな差があります。『さっちゃんのまほうのて』が、少しでもこの広めることの一端になれたらと願います。