数年の歳月をかけて完成した『ダーラナのひ』は、焚き火を描いた絵本です。幻想的でうつくしいこの世界が、どのようにしてつくられたのか、nakabanさんにお話をうかがいました。
主人公のダーラナは、どのようにして生まれたのでしょうか。
「焚き火の絵本をつくりませんか」といってもらって、いろいろ考えるなかで、「ダーラナ」という名前がまず出てきました。スウェーデンの伝統工芸品・ダーラナホースのダーラナですね。北国の暖炉の火を眺めているような雰囲気があるし、南のインドのほうにもありそうな名前でもある。その木や土、石のような手触りのある語感が気に入って、つけました。
2019年ごろのラフ。鉛筆で描かれている
初期のラフでは、ダーラナは大人の男の人でした。そこからラフをやりとりする中で変化していって、最終的には10〜12歳くらいの女の子になっていった、という感じです。
ダーラナが旅するところは、どこかの国をモデルにしていますか?
ダーラナのモンゴル風の帽子…ユーラシア大陸の、ちょっと寒いところで生まれたイメージですが、旅をしているのは、その大陸の南の果てという感じでしょうか。衣装は、タタール人とか中央ユーラシアの装身具を中心に、世界中の先住民の着ているものをいろいろながめながら、コラージュしていきました。
ひとり旅をつづけるダーラナ。とても神秘的な印象を受けます。
ダーラナは、目のまえの景色と会話できる能力をもっているんです。そういう教えのようなものの中で育って、世界の声をきくことができる。ダーラナでなくても、旅人はそれがないと、さびしさに負けてしまうと思うんです。目のまえの景色と会話をするのは、孤独であることに耐えるための知恵です。
画材はなにを使用されていますか。
油絵の具を使って描いています。乾くまでに時間がかかるので、全部を同時に進めることになるのですが、設計図としてラフがあるから、それができるという感じですね。
今回、色彩設計をふくめたラフをすべてiPadで描きました。はじめてのことで、僕のなかで大きな変化でした。
iPadで描かれたラフ
油絵の具による本描き
たとえば色鉛筆をつかってラフを描くと、色彩計画という面では自分好みの想定内なものになり、そこにあまり驚きはない。デジタルを上手に使うことで、思いもよらなかった色があらわれたりするんです。そういうことを、今回はたくさん試せました。自分の色の好み、色彩感覚からだいぶはみでたようなラフをもとに、しっかりと油絵で描く。なので、出来上がった絵はいつもとちがうなあっていう感じがします。
お気に入りの紫色
焚き火をみつめるときに経験する、ここではないどこかに心が旅するような、不思議でおだやかなひとときを思い出す絵本でした。
詩人の山尾三省に、こんな詩があります。
山に夕闇がせまる子供達よ
ほら もう夜が背中まできている
火を焚きなさい
お前達の心残りの遊びをやめて
大昔の心にかえり
火を焚きなさい
(山尾三省『火を焚きなさい』より抜粋)
自分の根っこ、はじまりの部分を思い出すという意味で、火をみることはとても大事じゃないかと思います。世界中の先住民も、儀式や瞑想に火を使っていますよね。でも、焚き火そのものは、僕たちの日常から遠ざかってしまっている。あぶないものだから、だめですって。気持ちはわかるんですけど、ちょっとさみしい。
子どものころは、叔父の家の庭でよく焚き火をながめていました。火の中に石を放り込んで、熱々になった石をバケツの水に放り込みじゅーってやるのが好きでした。なんだかいけないことをしているような、魔法使いになったような気分でした。
でも、最近は焚き火が大人のあいだで流行っているみたいですね。なんだかわかるような気もします。人類にひつようなもののパズルのピースがかけているような気がしていて、みんなが手探りをしている状態で、そのひとつが「火をみつめること」なのかもしれないなと。
この絵本を読んだひとが、自分も火を見つめてみようかなと思ってくれたら、すごく意味のあることなんじゃないかと思います。
取材のため、海辺で焚き火をした
ありがとうございました!
nakaban
1974年広島県生まれ。旅と記憶を主題とし、絵の中を旅するように風景を描く。絵画を中心に、絵本、アニメーションなどを制作。音楽家のトウヤマタケオと「ランテルナムジカ」を結成し、音楽と幻燈で全国を旅している。おもな作品に『よるのむこう』(白泉社)『みずいろのぞう』(ほるぷ出版)『ぞうのびっくりパンやさん』(大日本図書)『ぼくとたいようのふね』(BL出版)『みなとまちから』『とおいまちのこと』(佼成出版社)など。