––––「家と土地というのはね、人間とおなじで、仲よくなるには相手のことをよく知らないといけないのよ」––––
家や土地というものは不思議なもので、そこに住む人によって意味や価値が変わります。それは物語の中でも同じです。この言葉にあるように、住み心地の良い場所を作るには、そのために家や土地のことを知らなくてはなりません。
『カルディコット・プレイスの子どもたち』には、カルディコット・プレイスというお屋敷と、そこに住むことになる家族の復活と再生が描かれています。
お父さんが交通事故にあうまでのジョンストン一家は、ロンドン郊外の新興住宅街で仲良く楽しく暮らしていました。でも、お父さんが事故で動けなくなってしまってからは、いままで通りの生活がままならなくなり、家族の間にも微妙にぎくしゃくした空気が流れはじめます。
まず、これまで住んでいた家に住み続けることができなくなりますし、お母さんは慣れない仕事をはじめることに。子どもたちもそれぞれやりたいことをがまんしなくてはいけなくなります……大変なことが積み重なっていき、それぞれがせいいっぱい頑張ろうとするものの、少しずつ家族の歯車がかみ合わなくなっていく様子は、もどかしくって心が痛みます。
ところが、思いがけないことがきっかけで、末っ子のティムがカルディコット・プレイスを相続することになり、ジョンストン一家は大きな転機を迎えます。もともとロンドン郊外でこぢんまり暮らしていたジョンストン一家にとって、慣れない田舎の広大な敷地にある大きなお屋敷は、手に負えないものに思えました。しかし、周囲の人たちの協力もあり、お父さんの療養のためにも、移り住むことを決心します。そのためにさまざまな人が出入りするようになると、いまにもくずれおちそうだったカルディコット・プレイスは徐々に息を吹き返していきます。
相続の手続きを手伝ってくれるクローム・シニア氏、その孫のジェームズ、カルディコット・プレイスの近くに住むペニウェルさんと娘のイダップ、そして、下宿人としてジョンストン一家と共に生活することになる3人の子どもたち‥‥‥個性的な登場人物がつぎつぎと現れてきて、物語全体の風通しがどんどん良くなっていきます。
ジョンストン一家を含む登場人物ひとりひとりのキャラクターや背景も興味深く、とても魅力的なのですが、私が特に注目したのはカルディコット・プレイスというお屋敷の存在です。古くて広いお屋敷というのは、それだけで想像力をかきたててくれる特別な魅力を持ったモチーフのひとつではないでしょうか。
たとえば「グリーン・ノウ物語」シリーズ(ルーシー・M. ボストン作)のように、お屋敷やその土地そのものがお話の中心に存在している物語があります。そこに出てくるお屋敷や土地は、いくつもの時代をこえて、そこで過ごすたくさんの人々を見てきたという有無を言わせぬ存在感を醸し出しています。
この物語に登場するカルディコット・プレイスも、イギリスの田舎にある老朽化したお屋敷です。はじめのうちはただ古くて大きなお屋敷というだけで、特別な存在感は感じられません。みんなが少しずつ家や庭に興味を持ち、手をかけ、愛着を抱きはじめると、それに呼応するようにカルディコット・プレイスの存在感が増していくのです。建物や土地と、そこに住む人たちはどこかつながっているのだと思います。
『秘密の花園』(F・H・バーネット作)で、子どもたちが朽ちた花園を復活させていくのと同時に、自分たちだけではなく周囲の大人たちの心も柔らかく解きほぐし、再生させていったように、この物語でもカルディコット・プレイスが復旧していくのと同時進行で、そこに関わった人たちもそれぞれに成長し、絆を深めていきます。
はじめてこの物語を読んだときに、不思議となつかしい気持ちになったのは、こんなふうに、これまで親しんできた物語のエッセンスが端々から感じられるからなのかもしれません。久しぶりにストーリーの中心にお屋敷がどっしりと存在する物語を読み、ゆったりとした時間を味わうことができました。