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子育てと絵本の相談室

保育士によるはじめての絵本えらび 第9回

絵本を読むと、早く文字を覚えられますか?

答える人:保育士 安井素子

2018.08.01

 保育園の帰りに何組かの親子が児童センターで遊んでいく。帰ったらごはんをつくったり、お風呂にいれたりと大忙しのお母さんたちだろうから、きっと、つかのまの息抜きの時間。
 
 年中のこうちゃんが「これ、読んで!」と、絵本を持ってきたのだけれど、お母さんは赤ちゃんをひざに抱いて他のお母さんたちと話していたので、「自分で読めるんだから、自分で読んだらいいじゃん」とそっけなく言う。

 そうしたら、こうちゃんが「だって、自分で読んだらつまんない!」とさけぶように怒って泣きだした(子どもにとって夕方って、1日の疲れもたまっているし、おなかも空いてくるし、ちょっとしたことで泣いたりして、お母さんやお父さんたちを余計にイライラさせてしまう時間)。

 そうだよね。子どもが自分で絵本を読むと、読むことに集中してストーリーはわからないし、絵を見ることができないし。字を覚えたての子どもたちにとっては、苦痛でしかない時間になってしまうと思う。

フムフム・・・・・・。まるで、読んでいるようですが、もちろんまだです。1歳児。

文字を覚えさせようと、あせらなくて大丈夫。

 文字に対する興味には個人差があって、何も教えなくても覚える子がいれば、まったく覚えようとしない子もいる。でも、たいていは1年生にあがるころまでに自分の名前は書けるようになるので、あせらなくて大丈夫。幼児期の子どもたちにとっての絵本は、興味や関心を広げてイメージしたり、想像したりする楽しさを味わうものであってほしい。

 それに、こうちゃんみたいに「読んでほしい!」という主体的な思いがあることはすごいこと。「だれかとともに過ごすのは楽しい」、そんな思いが言葉を伝えることの大切さを知ることであり、文字を書くことや文字を読むことにつながるのではないかな。

 たしかに、文字に触れる時間が多ければ、文字を獲得するのも早いかもしれない。でもそれは、まず、「絵本はおもしろい!」と思ったから、結果的に文字に対する興味や関心が広がったということ。だから、時間が許すかぎり、お父さんもお母さんも絵本を読んであげてほしい。ヒトとしての土台ができる時期、心の中にあったかいものを残してあげたいですよね。

こちらは、自分で声をだして読んでみるのが楽しいころ。年中さん。

子どものそばで、ちゃんと語る時間を持てるのが絵本のいいところ。

 毎日の生活の中で、子どもたちに優しい言葉をかけることができないこともある。それに、ちょっと大きくなると、抱っこもおんぶも卒業してしまう。そんななか、子どものそばでちゃんと語る時間を持てる絵本って、なんてすてきなツールなんだろうと思う。少なくとも、文字を覚えさせるためだけのツールにするのはもったいない!

 それでも子育て中の親は忙しいし、息抜きも大事だから、わたしが読んであげたらいいかと、「こうちゃん、それ、わたしが読んであげようか?」と声をかけた。

 こうちゃんは、本当はお母さんに読んでほしいのだけれど、ちょっとがまんしてわたしのところに本を持ってきて、いっしょに読んだ。帰りにお母さんが、「先生、ありがとうございます! この子(抱っこしている妹)がいるから、なかなか読んであげられないんですよね。自分で読めるようになったし。でも、あしたはお母さんが読んであげるね」と言っていた。こうちゃんはわたしに向かってにっこり笑って帰っていった。

自分で読ませるのではなく、読んであげたい『ともだちや』。

 ちょっとストーリーのある絵本を楽しめるようになったころの子どもたちに人気があるのが『ともだちや』(内田麟太郎 作/降矢なな 絵)。

 「えー、ともだちやです。
ともだちは いりませんか。
さびしい ひとは いませんか。
ともだち いちじかん ひゃくえん。
ともだち にじかん にひゃくえん」

 森に住むキツネがはじめた「ともだちや」。このキツネのセリフを読むと、はるくんは「たっかー(高い)」と立ち上がった。年長の子どもにとって、100円は大金らしい。

 オオカミに「おい、キツネ」とよびとめられて、キツネとオオカミはいっしょにトランプをする。そのページの絵のオオカミとキツネはなんとも楽しそう。勝ったときの喜びかた、負けたときの驚いた顔……。ページをめくろうとすると、じっくり絵を見ている子どもたちから「ちょっと、まって!」と声がかかって、なかなかめくれない。

 「おだいだって!」と、オオカミの顔が画面いっぱいに出てくる場面では、子どもたちもしーんとなる。

 大人が見ても、じーんとする。声を出して読んでいるわたしには気づけない、きつねのユニークなかっこう、オオカミやキツネの表情。こういうものを、絵だけを見ている子どもたちはちゃんと知っている。こんなにおもしろい本、自分で文字を追うのではなく、読んでもらうのが楽しいに決まっている。

 小学校3年生の教科書に載っているお話だけれど、年少や年中の子どもたちが楽しめるのは、降矢ななさんの絵の迫力にもあると思う。子どもが自分で読んで終わりではもったいない! 絵本にでてくるミミズクになったつもりで、ゆったり読んであげたい1冊です。


安井素子(保育士)

愛知県に生まれる。1980年より、公立保育園の保育士として勤める。保育士歴は、40年近く。1997年から、4年間、椎名桃子のペンネームで、月刊誌「クーヨン」(クレヨンハウス)に、園での子どもたちとの日々を、エッセイにつづる。書籍に、名古屋の児童書専門店メルヘンハウスでの連載をまとめた『子どもが教えてくれました ほんとうの本のおもしろさ』(偕成社)がある。現在、保育雑誌「ピコロ」(学研)で「きょうはどの本よもうかな」、生協・パルシステムのウェブサイトで「保育士さんの絵本ノート」を連載中。保育・幼児教育をめぐる情報を共有するサイト「保育Lab」では、「絵本大好き!」コーナー(https://sites.google.com/site/hoikulab/home/thinkandenjoy/picturebooks)を担当している。保育園長・児童センター館長として、子どもと一緒に遊びながら、お母さんやお父さんの子育て相談も受けてきた。現在は執筆を中心に活動中。

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