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書評コーナー

〈書評〉
いいたいことがあります!
魚住直子・作  西村ツチカ・絵

2018.09.25

『いいたいことがあります!』を読んで、「らしさ」ってなんだろうと考える
田中俊之/大正大学准教授(社会学、男性学)

 小学生は「子どもらしく」ふるまうと、大人が喜ぶことを知っている。作文を書くとき、絵を描くとき、あるいは、将来の夢を聞かれたとき。そんなときは、完璧を目指すよりも、ちょっと隙があった方が「子どもらしい」。そうすると親も先生も高く評価してくれる。褒められると嬉しいから、子どもたちはどんどん「子どもらしさ」を身につけていく。
 それに加えて、女の子は「女らしく」、男の子は「男らしく」ふるまうと大人は喜ぶ。小学生でなくてもそんなことは知っている。幼稚園や保育園に通う小さな女の子だって、写真をとるときはいかにも「かわいい」ポーズをとるし、男の子はおとなしく絵本を読んだりしないで、外で「活発」に遊んでいる。
 小学校高学年になるころには、女の子と男の子はお互いに別の人生を歩んでいることをすっかり理解しているだろう。この道はずっと先、大人になっても続いている。女は「女らしく」、男は「男らしく」することを期待され、それぞれに与えられた役割を果たせば周りから認められる。現代は男女平等の時代だと言うけれど、いまだに小さい子どもがいるお母さんが育児よりも仕事を優先していると白い目で見られるし、子どもと一緒にすごすために仕事をおろそかにするお父さんにたいする世間の評価は厳しい。 
 こうした「らしさ」は何十年も前から社会に存在してきた。だから、自分一人が逆らったところで、簡単に変わることはない。それでは周りが期待する「らしさ」にそって生きていくのが無難なのだろうか。もちろん、そういう生き方もある。でも、この物語の主人公である陽菜子は、そうしなかった。
 「そうしなかった」という言い方は正確ではないかもしれない。陽菜子だってこれまではきっと「子どもらしく」、「女らしく」生活をしてきた。でも、自分の気持ちを無視するお母さんへの反発が生まれる。特に家事についてはおおいに不満だ。お兄ちゃんはやらなくていいのに、自分はいつも押し付けられるし、洗濯物は「洋服屋さんだたみ」をしなさいと細かく指図をされたりもする。
 息苦しいのは分かったけれど、この葛藤をうまく言葉にできない。モヤモヤはどうしたら言葉にすることができるのだろう。そして、どうしたら相手に伝えられるのだろう。陽菜子はなぜか自分一人の時にしか会えないミステリアスなお姉さん・スージーとの対話、そして、たまたま拾った彼女の手帳に書かれていた衝撃的な文章を繰り返し読むことで、感情を言葉にする術を身につけていく。
 小学生だって高学年にもなれば人間関係は複雑である。同じ悩みを抱える女の子はたくさんいるはずだ。現実にはスージーはいないし、手帳も見つからないけれど、この物語を通じて読者は、陽菜子と一緒にコミュニケーションという難問に向き合っていくことになる。
 それにしても、陽菜子やお母さんがいろいろと悩んでいるのに、お兄ちゃんやお父さんはあまりにも能天気に見える。でも、本人たちさえ無自覚かもしれないが、彼らは彼らなりの問題を抱えている。
 陽菜子が不満に思っていても、お母さんがお兄ちゃんに家事をさせなかったのは、将来、男は仕事だけをしっかりやれば大丈夫だと考えていたからだろう。実際、大人の男であるお父さんは、単身赴任で仕事に専念している。家族との生活よりも仕事を優先しなければならないのだ。その結果、娘の陽菜子からは「家族のレギュラーじゃない気がする」と思われてしまっている。
 仕事ばかりの男性の人生が幸せなのか。読者は女の子でも男の子でも、陽菜子が感じたモヤモヤの正体を突き詰めていってもらいたい。そうすれば、すぐにではなくても、いつか性別によって生き方が決まってしまうことの不思議さに気がつけるはずである。

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