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北の森の診療所だより

第11回

流れる水があたたかい、5月

2017.05.05

 雪が降らなくなって久しい。ある年、5月22日に23センチの大雪が降った。驚いた。タイヤを夏用に代えていたので、みんな困った。でもなんとかなって、いま考えると楽しい思い出となっている。水ゆるむ季節となって、しろかきのトラクターの音が心地よく聞こえる。

 そこでと、道北にある川をのぞくことに決めた。この季節、ときどき出かけている。その川は深い森の中を流れている。あたりはコマドリの大合唱で、これほどの数がまだ集まる地が残っていたかと感動する。

 ところどころに残雪があるものの、流れる水はあたたかい。エゾノリュウキンカの黄色や、ミズバショウの白い花が水の中で春を楽しんでいる。雪どけの増水で行水しているらしい。カムチャッカの旅で買ったロシア製の長ぐつが重宝する。足のつけ根までとどくその長さにときどき閉口するが、折ったり伸ばしたりの手間も近頃は楽しむようになっている。

 川の中に足を入れたまま、近くチシマザサの茂みに体をあずけて休んでいると、目の前をゆっくりと遡上する魚体を見る。婚姻色で体を赤く染めていた。ヒトは恋の季節は恥ずかしげに顔を赤く染めると聞いているが、その魚体はいまが結婚適齢期ですと主張している。イトウである。体調は50センチ余り。私の大好きな開高健さんが、はるばるモンゴルまで出かけたという、幻の魚と言われて久しい。でもこの地に住む者にとっては、雪どけの頃決まって話題になるふつうの魚である。

 一般にサケ科の魚は産卵を終えて一生が終わる。だがこのイトウは毎年産卵を繰り返す。そのため、年々その体は大きくなる。メートル級のものが、かつてはそう珍しくなかったと聞く。そんなことより、その悪食(?)に驚く。胃の中から見つかるのは、ふつうはワカサギなどの小魚だが、時としてヘビや野ネズミなどが登場するから、次々と伝説を生むのである。

 帰り、近くの小川に立ち寄ったら、先の稚魚の群れに出会った。母なる川からの旅立ちである。

 桜の季節の真打を勤めるチシマザクラが満開となって5月が終わる。

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profile

  • 竹田津 実

    1937年大分県生まれ。岐阜大学農学部獣医学科卒業。北海道東部の小清水町農業共済組合・家畜診療所に勤務、1972年より傷ついた野生動物の保護・治療・リハビリ作業を始める。1991年退職。1966年以来、キタキツネの生態調査を続け、多数の関連著作がある。2004年より上川郡東川町在住。獣医として、野生動物と関わり続けている。

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