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北の森の診療所だより

第5回

給餌台の元患者、11月

2016.11.20

 11月。時々雪の日。「今年は不なり年のようです」と電話があったのは先月。「やっぱり、でした」と玄関で声がした。出てみると玄関わきに大袋が置いてある。オニグルミの実。役場に勤める鬼塚幹雄さんからのさし入れだ。毎年のことながらありがたい。

 森の診療所は、治療よりリハビリが長い。一日でも早く自然の中に退院してもらわなくてはならない。早く早くと追い出す。代わりに「困ったら帰ってきてもいいよ」と三カ所に給餌台が用意されている。

 その給餌台には、季節にふさわしい食べものを置きたいと常々考えている。秋はやはりクルミやドングリ。私の気分がいいと、少し遠出してコクワの実やヤマブドウなどをとってくる。ほんとうは退院した元患者に食べてもらいたいと考えているのに、どうも勝手に元患のふりをして、そこを食堂に決める族が多い。「ふりをしてはいけません」などとブツブツ。でも時間があれば毎朝1時間、コーヒーを飲み、新聞をみながらチラチラと元患モドキをながめる時間を楽しみにしている。

 リスが来る、カケスが来て、時々ネズミが来る。エゾヤチネズミやミカドネズミだと問題(?)はないのだが、クマネズミだと時々悶着が起きる。クマは困るというのだ。カミさんである。この山の中に家を建てた時に、家中を荒らされたにっくき族がクマの種類のドブネズミだったからだ。しかも……と続ける。クマやドブはリスを追っ払います。しかも……とまだ続ける。「リスやカケス、エゾやミカドは元患の可能性があります。しかしドブやクマは患者であったことは一度もありません」と胸を張る。私は困ってしまうのだ。

 そんな日々、玄関わきにドングリの入った袋が無言で置かれ、お百姓さんの松林さん、藤井さんから、くず米が届けられる。私はヒマワリの種を注文すればいいことになる。いつ冬将軍がやってきてもOKですとみんなに礼状を描くと、秋が終わっていた。そんな小春の日、給餌台で食事をするエゾリスが気になっている自分に気づく。別に不思議な光景でもないのに気になる。すぐに理由がわかった。まだ授乳中の雌だった。お乳が大きく張って乳首が赤い。赤ちゃんがいるのだ。気になったのは季節である。この時期に子育てが終わってないとなれば、その子どもたちは、越冬が難しいと考えられたからである。エゾリスは年2回は子育てをする。ふつう2回目の巣立ちは8月である。そうしないと経験の浅い子リスたちが冬を迎えるには無理がある。きっとこの個体は、2回目の子育てを失敗したのであろうと同情をする。給餌台は、自然の有り様を私に伝える舞台でもある。

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profile

  • 竹田津 実

    1937年大分県生まれ。岐阜大学農学部獣医学科卒業。北海道東部の小清水町農業共済組合・家畜診療所に勤務、1972年より傷ついた野生動物の保護・治療・リハビリ作業を始める。1991年退職。1966年以来、キタキツネの生態調査を続け、多数の関連著作がある。2004年より上川郡東川町在住。獣医として、野生動物と関わり続けている。

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