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時間色のリリィ

26(最終回)

 “くらやみリリィ”がやってきたのは、夜が明けたばかりのころだった。

 そのとき、ロミはミコおばさんのベッドを借りて眠っていた。バァバに家に電話してもらって、お泊りすることを許してもらったからだ。園内くんも同じようにミコおばさんに家に電話してもらったけれど、残念なことにお母さんからお許しが出なくて、途中で帰らなくてはならなかった。子どもというのは、なにかと思いどおりにはならないものだ。

 ロミはバァバたちがマンガを描くのを横で見ながら、ときどき枠線を描いたり、はみ出したペンの線を、白い修正液みたいなインクで消すのを手伝ったりした。なんでもいまはパソコンを使えば、もっとかんたんにマンガを描く方法もあるらしいけれど、むかしはプロのマンガ家も、そうして描いていたそうだ。

 やがて夜もふけて、ロミは先に寝させてもらったのだけれど—-そのときまでにミコおばさんとバァバの友情は、完全に復活しているようだった。むかしの『大魔法使いリリィのぼうけん』の原稿を見ながら、「ここはこうしたほうがいいんじゃない?」とか「こうすれば、もっとおもしろくなるよ」といいあって、ずいぶん楽しそうだった。バァバの絵も、どうにかOKが出るくらいに復活し、ちゃんと子どもらしいリリィが描けるようになった。

「ふふふ、たまにだったら、マンガを描くのも楽しいわね」

 そんなことまでいいだすバァバは、いつも以上に生き生きとしていて、ロミとしてもうれしかった。油断するとミコおばさんと小学生のころの思い出話をはじめてしまって、マンガを描くスピードが落ちるのはこまりものだったけれど、むかしのリリィを復活させるのには、そういうことも必要なのかもしれない。

(きっと元からなかよしだったら、長い時間あわなくても、すぐになかよしにもどれるんだわ)

 2人のようすを見てロミは思った。きっと一度つないだ心は、かんたんにほどけないのだろう。きっと自分とミューちゃんだって。

 そんなふうに思いながら寝て—-朝になって目をさますと、おどろいたことに、部屋の中に“くらやみリリィ”が立っていた。

「ロミちゃん、こまるわね……余計なことをされちゃ」

 いきなり“くらやみリリィ”があらわれても、ロミはそれを不思議に思ったりはしなかった。なぜなら、2人は一度、心をつなげたからだ。きっとリリィには自分のいる場所なんて、かんたんにわかってしまうにちがいない。

「わたしを、またべつのリリィの中に閉じこめようとしているんでしょ? そんなこと、ムリよ」

 “くらやみリリィ”は、冷たい声でいった。どうやら園内くんの考えは、ズバリ当たっていたようだ。

「だって、わたしは悲しみの中から生まれたのだもの。そして人の心から、悲しい気持ちがなくなることなんて、ないわ」

「うん、たぶん、そうだろうね」

 眠い目をこすりながら、ロミは答えた。

「でも、どんなに悲しくっても、それが過ぎれば、また楽しい時間がくるわ」

「なにナマイキいってんの、子どものくせに」

「リリィだって、子どもでしょうよ」

 ロミはベッドから出て、“くらやみリリィ”の前に立った。

「わたし、どういうわけか、きのうから勝手に涙が出てきて、しょうがないの。きっとミューちゃんがマンガにされちゃったのが悲しいからだなって思ってたんだけど……それとはべつに、とっても悲しい気持ちが心の中にある」

「だからいってるじゃない。人の心から、悲しい気持ちがなくなることなんて、ないんだって」

 たぶん“くらやみリリィ”のいっていることは、まちがってはいない。けれど、いま、自分が感じているのは—-きっと。

「この悲しい気持ちは、あなたのでしょう、リリィ……だって、わたしとあなたはシールの力で心をつなげたのよ。だから、あなたの心が、わたしの中に流れこんでくるんだわ。リリィがさびしがってること、悲しがってること……わたしには、全部わかる」

 そう、シールの力は、なにもべつの人に自分の悲しさをわかってもらうだけじゃない。それを受けとる人の心も、こっちに伝わってくるのだ。

「だから、もう、ひどいことはしないで。そんなことをしても、悲しい気持ちがなくなったりはしないんじゃないかしら……さぁ、マンガにした人たちを、早くもどしてあげて」

「そんなの、ごめんだわ」

 そういいながら“くらやみリリィ”は、空中から例の魔法の杖を取りだす。

「わたしだけが、一人ぼっちなんてイヤ。マンガから出てきたわたしには、友だちなんかいない……それがどんなにさびしくて悲しいか、わからないでしょう? だから、みんな、一度マンガになってみればいいのよ」

 “くらやみリリィ”は、魔法の杖の先をロミにむけたが—-その先についていたはずの半月を組みあわせたような飾りが、いつのまにかヒマワリの形のものに変わっていた。

「やだ、なによ、これ」

 リリィがあわてた声を出すのと同時に、部屋の扉が開いて、バァバたちがうれしそうに駆けこんでくる。

「ロミ、早く起きて! マンガが完成したわよ! 『大魔法使いリリィのぼうけん』第3話、四十ウン年ぶりに完成よ!……って、おーい、この子はだれだい」

 バァバと、そのうしろにいたミコおばさんは、“くらやみリリィ”の姿を見て、目を丸くした。

「マンガにしてやる!」

 すばやく“くらやみリリィ”は2人に魔法の杖をむけたけれど、そこから飛びだしてきたのはまぶしい光ではなくて、たくさんの音符だった。それは部屋中を飛びまわって、心が弾んでくるような音楽をかなでる。

「リリィ!」

 その音楽と同時に、リリィの髪の色が明るくなっていく。夜の色のように暗かった服も、やがてきらめくような銀色になる。いや、銀色ではなくて、“時間色”だ。いまは朝だから、登ったばかりの太陽の色なのだ。

「お呼びにこたえてキンキラリーン! 大魔法使いリリィ、ここに参上!」

 どことなく前よりかわいくなったリリィが、大きく両手を広げていった。

「リリィ……? 元にもどったの?」

「え? ロミちゃん、わかんないかなぁ? 新しいマンガを描いてもらったから、バージョンアップしたんだよ。ほら、魔法のステッキもあるの」

 どうやらリリィ本人は、“くらやみリリィ”をおぼえていないようだ。

「たしかに、名乗りのセリフもポーズもちがうけど……ほんとに、元のリリィ?」

「あぁ、あの“よばれて飛びでて”っていうのは、なにかのテレビマンガのマネなんだって。そういうのは、やっぱりよくないんで、新しいのになったの。それに、すてきな友だちもカムヒアでーす」

 魔法の杖(いや、魔法のステッキ)でリリィが指し示した先には、いつのまにか背中に1匹のネコをのせた、りっぱな犬がいた。

「はじめまして、バルトです」

「おいらはカッツェだぜ」

 2匹はさらりと人間の言葉を話した。

 どうやら四十ウン年ぶりに復活した“ミコ・ミコぷろだくしょん”の夢パワーは、ずいぶん強かったらしく、リリィをいま風にバージョンアップしたばかりか、この2匹まで現実化してしまったらしい。

「バァバも、ミコおばさんも、すごい!」

 思わず叫びながら2人のほうを見ると—-部屋の入口のところで、2人はなかよく抱きあって、気を失っていた。自分たちがいままで描いていたマンガのキャラクターが、いきなり目の前に出てきたのを見れば、だれだってそうなるにちがいないけど。

「じゃあ、さっそく行ってくるね。親の人たち、すぐに目をさますと思うけど、いちおうこうしておくから」

 リリィがステッキを小さく振ると、バァバとミコおばさんの頭の上に、氷の入った小さな袋があらわれた。古いマンガにありがちな、“気を失ってます”表現。

「さっそく行くって、どこに行くの? それより先に、マンガになった人たちを元にもどしてもらわないと」

 そういったところで、ベッドサイドに置いておいた携帯が鳴った。液晶画面を見ると、ミューちゃんからだ。

「ミューちゃん! 元にもどったの?」

 よろこびいさんで電話に出ると、明るいミューちゃんの声が聞こえてくる。

「いやぁ、ビックリした。やっと体が動くようになったかって思ったら、いきなり壁から弾きだされて、床に転がっちゃったんだもん。あやうく転んじゃうところだったよ」

 マンガになって壁に貼りつくという奇跡体験をしたとは思えないくらい、ミューちゃんはノンキなものだった。

「じつはね、ミューちゃん……あっ、リリィ、ちょっと待って!」

 電話で話しているロミを尻目に、ニューバージョンになったリリィとバルト、カッツェは部屋を出ていこうとする。仕方なくロミはミューちゃんとの電話を切り、そのあとを追いかけた。

「ロミちゃん、こう見えて、わたしもいそがしいの。あんまり引きとめないで」

「だから、どこに行くの」

「わたし、サナエちゃんのお願いをきかないといけないの。そしたら、中条アキラのサインがもらえるんだ」

 たしか、『大魔法使いリリィのぼうけん』の第3話は、そういうストーリーだったと思うけれど。

「そのお願いっていうのが、なかなかスケールが大きくてね……日本中の小学校の運動会の日に、雨を降らせるってことなんだ。こりゃ大変だわよ」

 きっとマンガの中のサナエちゃんというキャラは、あまり運動が得意じゃなくて、運動会も好きじゃないんだろう。

「でも大変だからこそ、大魔法使いとしてはやりがいもあるってものよ」

そういってリリィたちは、バタバタと部屋を出ていく。そのあとを追いかけ、ロミがいっしょに外に出ると、とても明るい朝だった。リリィの時間色の服も、日差しにきらきら光る。

「とりあえず、運動会をやってる小学校を探さないと」

「ちょ、ちょっと待って~!」

 やたらと張りきって走っていくリリィを追いかけながら、ロミは叫んだ。

(おわり)

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  • 朱川湊人

    朱川湊人

    1963年1月7日生まれ。大阪府出身。出版社勤務をへて著述業。2002年「フクロウ男」でオール読物推理小説新人賞、2003年「白い部屋で月の歌を」で日本ホラー小説大賞短編賞、2005年大阪の少年を主人公にした短編集「花まんま」で直木賞を受賞。おもな作品に、『スズメの事ム所 駆け出し探偵と下町の怪人たち』『アンドロメダの猫』『無限のビィ』『冥の水底』『なごり歌』『かたみ歌』『サクラ秘密基地』『オルゴォル』『銀河に口笛』『いっぺんさん』『都市伝説セピア』などがある。

今日の1さつ

最近絵本よりもYouTubeを見ていた息子ですが、この本はキャッキャッと笑いながら楽しんでいます。何故かふくろうさんの舞踏会のお面が大好きらしいです。(2歳・お母さまより)

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