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時間色のリリィ

26(最終回)

「つまりぼくが考える真相は、こうです……いまから45年ものむかし、ロミちゃんのおばあちゃんとミコおばさんは、2人で1つのマンガを描きました。いうまでもなく『大魔法使いリリィのぼうけん』ですが、きっと2人は楽しく、かつ一生懸命に描いたのでしょう。この一番肝心なところが推測の域を出ないのは残念ですが、あまりに力を入れて描いたので、そのマンガには不思議な力が宿ったのです。このあたりのことは、将来の研究を待たねばならないところですが、あえてここでは“夢パワー”とでも名づけておきましょうか。ですが、その夢パワーのこめられたマンガは、45年もの長いあいだ、缶に入れられて校庭のすみっこに埋められていました。もしかするとほかになにかの作用があった可能性もありますが、行き場をなくした夢パワーは、消えることなく缶の中で増えていった……そして、やがてそれがマンガの主人公のリリィを現実化させたのです。やはり45年もの長い長い時間ですから、どんなことが起こっても不思議ではありません」

「ちょっと、理央」

 スケッチブックに図まで書きながら、調子よく話していた園内くんに、ミコおばさんはいった。

「そんなに何回も45年とか、長い長い時間とかいわないの……あなたにもいつかわかると思うけど、そんな時間は、過ぎてしまえば、あっという間にしか感じないんだから」

 ミコおばさんは、むかいのソファに座っているバァバの顔をちらちら見ながら、すまなそうにいった。

「レイちゃん、ごめんね。うちのおいっ子、悪気はないんだけど、ちょっと調子に乗りやすいところがあって」

「大丈夫よ、ソノちゃん……気にしないで」

 そう答えるバァバの態度は、まだ少し堅さが残っている。

 園内くんが考えた、リリィを元にもどす方法—-つまり、オリジナルの“ミコ・ミコぷろだくしょん”の2人が、描きかけのまま投げだされてしまった『大魔法使いリリィのぼうけん』の第3話を完成させるというのを実行するために、ロミはバァバに電話して、このミコおばさんの家に来てもらったのだ。

 はじめは前のように渋っていたバァバだったけれど、ロミが泣きそうになるほど必死に頼んだので、あわてて車で来てくれた。いまは便利なもので、住所さえ正しく入れておけば、車についている機械が道順を教えてくれるので、はじめての場所にも迷わずにこられるのだ。

 そうしてミコおばさんの小さな家の玄関先で、2人は小学校を卒業して以来、本当にひさしぶりに再会したのだけれど—-バァバとミコおばさんは、なんともぎこちなかった。2人ともママより大人のはずなのに、なかなか打ち解けた雰囲気にならず、しばらくのあいだ、会話が1分以上続かなかったものだ。ロミと園内くんはあいだに入って、あれこれとむかしの話を聞いたりして、ようやく少し雰囲気がやわらいだ。いま、園内くんが無理して科学者っぽい話し方をしているのも、彼なりのジョークのつもり……だと思う。

「それで現在、町で起こっている“人間マンガ化事件”ですが……御子柴さんの証言によりますと、リリィが変身した“くらやみリリィ”の仕業なのだそうです。いったい、これはどういうことでしょうか」

 バァバがいるせいか、園内くんはロミのことを名字でよんだ。

「おばさんに聞いたところ、この“くらやみリリィ”は、御子柴さんのおばあさまと遊ばなくなってから、おばさんが1人で描いたのだということです。しかも、いっしょに遊べなくなった悲しさから、かなり暗いストーリーになってしまったらしいのですが……その原稿がいまもあるのかどうか、おばさん自身にもわからないそうです。仮にあったとしても、おばさん自身が“魔の洞窟”とよんでいる物置スペースのどこかのはずですから、すぐに探すのは、ほぼ不可能でしょう」

 ミコおばさんの話によると、2階の12畳くらいの部屋は、いままで集めてきたマンガや活字の本の置き場になっているそうで、ちょっと人には見せられないくらいの状態らしい。大人だって、だれもが整理整頓が得意なわけじゃない。

「しかし原稿があるかないかは、あまり関係ありません。大切なのは、本来のリリィの中に、はじめから“くらやみリリィ”がいる部屋があって、なにも知らないまま、その鍵を御子柴さんが開けてしまった……と、いうことです。そのために“くらやみリリィ”が部屋から出てきて、本来のリリィを逆に部屋に閉じこめてしまったのです。ぼくには、そうとしか考えられまん」

 みんなといっしょに話を聞きながら、たぶん園内くんの考えたとおりだろうとロミは思った。テストの点がいいのは、こういうふうにまとめるのが上手だからだろうか。

「えぇっと、理央くん」

 あまり口を開かなかったバァバが、ちょっと不機嫌な口調でいった。

「つまり、このとんでもない出来事は、うちの弘美のせいだっていうわけ?」

「いえ、そういうことじゃなくて……御子柴さんは、ただのきっかけみたいなもので」

 園内くんは、わかりやすくアタフタした。

「ちがうのよ、ロミちゃんが悪いことなんて、なんにもないの。元をただせば、わたしが……」

 ミコおばさんがいいかけたけれど、ロミは小さく手を前に出して、言葉の続きをとめた。

「バァバ……とっても好きな友だちとさよならするのを悲しいと思っちゃいけないなら、その友だちと過ごした楽しい時間が過ぎちゃうのをイヤだと思っちゃいけないなら、悪いのはわたしだよ」

「ロミ……」

 バァバはじっとロミを見つめ、やがてほほえみながら、ロミのほっぺをなでた。ロミが小さいころから、バァバはいつもこうする。

「なるほど、わかったわ、理央くん。“くらやみリリィ”を閉じこめていた部屋の鍵は、友だちが遠くに行っちゃうのを悲しいと思う心なのね。もしそうなら一番悪いのは、急にソノちゃんを1人にした、小学校のころのわたしだわ」

 バァバは、いつものような強い口調でいった。

「ちがうよ、レイちゃん……あのころは、しょうがなかったのよ。そんなふうにいったら、わたしだって」

 すまなそうにミコおばさんはいったけど、それこそ、そんなふうにいいだしたら、きりがなくなりそうな予感。

 バァバもそう思ったのか、自分からミコおばさんの両手をとっていった。

「ソノちゃん、あのころはごめんね。いま、こんなふうにいってもなにも変わらないかもしれないけど、ほんとうにごめん。じつは、ずっと気にしてた」

「レイちゃん、わたしこそごめん……あのころのわたしは、レイちゃんをひとりじめしたくって、しょうがなかったの」

 2人はしきりに目をパチパチさせながら、少しのあいだハグしあった。やがて体をはなすと、完全にいつもの調子にもどったバァバがいった。

「理央くん、きみの考えだと、わたしたちがリリィの第3話を描きあげれば、その”くらやみリリィ”の力は弱くなって、ふつうのリリィが帰ってくるのね。そんなの、おやすいご用よ」

「あ、でも、第1話を描いたときくらいに、夢中になってもらわないと、ダメなんじゃないかと思います。そうでないと、“夢パワー”が発生しないのではないかと」 

「あらぁ、しっかりしてるわねぇ、レイちゃんのおいっ子くんは。でも、安心して。このまま泊まりこんで、ガッチリやるわよ。ソノちゃん、いいでしょ?」

「もちろん、いいけど……レイちゃん、いまでもマンガ描ける?」

「ちょっとぉ、バカにしないでよ」

 そういいながらバァバは、園内くんからスケッチブックとペンを取りあげて、さらさらと女の子の顔らしいものを描いた。

「たしかリリィって、こんな感じだったよね?」

 それはなかなか上手だったけれど—-。

「レイちゃん、たしかにうまいけど、これは大人の顔よ。リリィがお母さんになってる感じ」

「そう? やっぱり、こっちが大人になってからの時間が長いと、そうなっちゃうのかしらね」

「そうかもしれないけど、これはリリィとはいえません。ちゃんと子どもらしく描いてもらわないと」

「ひぃ、やっぱりソノちゃんはキビシイ~」

「じゃあ、カンを取りもどすまで、ちょっと練習しててよ。わたしも、ほかのキャラを練習しとくから」

「ほかのキャラって?」

「犬のバルトとか、猫のカッツェとか」

「うわっ、なつかしい! いたね、そういう子たちも」

 バァバたちは、いつのまにかむかしのように話しあい、少しずつ冗談なんかもいうようになった。

 四十何年かぶりに、“ミコ・ミコぷろだくしょん”、再始動!

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  • 朱川湊人

    朱川湊人

    1963年1月7日生まれ。大阪府出身。出版社勤務をへて著述業。2002年「フクロウ男」でオール読物推理小説新人賞、2003年「白い部屋で月の歌を」で日本ホラー小説大賞短編賞、2005年大阪の少年を主人公にした短編集「花まんま」で直木賞を受賞。おもな作品に、『スズメの事ム所 駆け出し探偵と下町の怪人たち』『アンドロメダの猫』『無限のビィ』『冥の水底』『なごり歌』『かたみ歌』『サクラ秘密基地』『オルゴォル』『銀河に口笛』『いっぺんさん』『都市伝説セピア』などがある。

今日の1さつ

最近絵本よりもYouTubeを見ていた息子ですが、この本はキャッキャッと笑いながら楽しんでいます。何故かふくろうさんの舞踏会のお面が大好きらしいです。(2歳・お母さまより)

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