icon_twitter_01 icon_facebook_01 icon_youtube_01 icon_hatena_01 icon_line_01 icon_pocket_01 icon_arrow_01_r

時間色のリリィ

23

 ロミは携帯を操作して、園内くんの携帯の番号をよびだした。

 じつは園内くんは、子どもにはよくないサイトにはつながらないようにしたスマートフォンを持っていて、これからもリリィの情報を交換するために、きのう病院から帰るときにおたがいの番号を教えあっていたのだ。

「はい、園内です」

 よびだし音が10回以上したあとで、妙にかしこまった口調で園内くんが出た。もしかすると女の子からの電話だから気どっているのかもしれないけど、おかまいなしにロミはいつもの口調で話す。

 「園内くん、いま、ミコおばさん、どうしてる?」

 「えっ、いきなり聞かれても、わかんないよ。ぼくは自分の家にいるんだから……あ、でも、あす、退院することになったって、父さんがいってた」

 退院が決まったのは、おめでたいけど––––いまはそんな話をしている場合じゃない。

「いま、リリィがあらわれたの。でも、ちょっと様子がおかしいのよ。だから、おばさんになにかあったのも知れないって思って」

「えぇっ」

 ロミの言葉で、園内くんも素にもどる。

 「悪いけど、ゆっくり話してる余裕はないの。とにかくミコおばさんがどうなってるか、たしかめてほしいんだけど」

 「じゃあ、携帯に電話してみるから、少し待ってて」

 ミコおばさんもスマートフォンを持っていて、決められた場所でなら、病院でも使っていいらしい。

 ロミは一度携帯を切り、園内くんがミコおばさんと連絡を取るのを待った。やがて5分ほどして、園内くんから電話がかかってくる。

 「おばさん、どうだった?」

 「べつに……ふつうに元気だったよ。いま、談話室で刑事ドラマの再放送を見てたって」

 「きのうみたいに、気を失ったりしてなかったのかな?」

 「それとなくぼくも聞いてみたけど、そういうこともなかったみたいだよ。談話室にはほかの人もいたらしいから、なにかあったら看護師さんをよぶはずだし」

 ミコおばさんになにもなかったというなら、リリィとおばさんがつながっていると考えるのは、少し気が早いのかもしれない。

「ねぇ、なにがあったの?」

 ロミがだまりこんだのをふしぎに思ったのか、園内くんはおずおずとたずねてきた。

「えぇっと……じつはね」

 そのまま説明するのがはずかしいところもあったけれど、いまの状況で頼れるのは、リリィやミコおばさんを知っている園内くんしかいない。

「わたし、友だちとケンカしちゃってさ」

 やっぱり正直にはいいづらくて、ミューちゃんとお別れするのがさびしくて泣いていた……というところを、少しだけ変えて話した。

「それでリリィの姿が変わって、“くらやみリリィ”になったの。おまけに空中から取りだした魔法の杖を使って、のらネコをマンガにしちゃったのよ」

 たしかに自分の目で見たことなのに、そんな風に言葉にすると、夢の話をしているような気分になってくる。園内くんもそう感じたのか、はじめのうちはおどろいた声をあげていたのに、そのうちなにもいわなくなった。

「もしかすると、わたしがデタラメをいってるって思ってる? そう思われても仕方ないけど、全部ホントなのよ。リリィは私の頭の上を飛びこしていったし、おまけに近くの家の屋根の上で黄色いカラスに変身したの……それで、どこかに飛んでいっちゃったよ」

「ロミちゃんがデタラメをいってるなんて、ぼくは少しも思ってないよ」

 やがて園内くんは、しっかりとした声でいった。

「ロミちゃんは、ときどきキツいこともいうけど、ウソなんかいわない子だって知ってるからね」

「信じてくれるの?」

「もちろんだよ」

 ロミの携帯には、テレビ電話のように相手の映像をうつしだす機能はないけれど––––その言葉を聞いたとき、どういうわけか園内くんの笑顔が、携帯のむこう側に見えたような気がした。

「でもさ、リリィのいったことがホントだとしたら、そのケンカした友だちの子が心配だね。だってリリィは、ロミちゃんをさびしくさせるものを、全部マンガにするっていったんでしょ? それだったら、その友だちも、その中に入るんじゃない?」

「あっ」

 いわれてはじめて気がついた。たしかに園内くんのいうとおりだ。

「ごめん、その子の様子を見てくるから、切るね」

 園内くんの返事をろくに聞かずに電話を切って、ロミはミューちゃんの家まで走った。

(まさか、ミューちゃんがマンガにされちゃうなんて……そんなことがあるはずないわ)

 リリィはミューちゃんとも知りあいなんだから、そんなことは絶対にしないはずだけれど––––いまのリリィは、どういうわけか“くらやみリリィ”だ。ポンちゃんのところに行ったときのリリィとは、少しちがうのだ。

 ミューちゃんの家は、例の別れ道から10分ほど歩いたところにあるマンションだ。その道をロミは5分で走り、マンションに着くやいなや、エレベーターでミューちゃんが住んでいる6階まで上がった。

 やがてミューちゃんの家の前に着くと、息を切らせてチャイムを押した。けれど何回押しても、まつたく返事がない。ためしにノブを引いてみると、かんたんに扉が開いた。ミューちゃんのお母さんは、どちらかというと心配症なのに、鍵をかけていないなんて。

「こんにちはぁ……御子柴ですけどぉ」

 そういいながら中をのぞきこむと––––玄関のすぐ脇の壁に、大きな女の人の絵が描かれているのが見えた。

 いや、ちがう。それはミューちゃんのお母さんだ。ミューちゃんのお母さんが、そのままの大きさでマンガになって、壁に貼りついているのだ。

「おばさん!」

 思わず声をかけると、おばさんの顔の横の壁に、白い雲のようなものがあらわれた。マンガのセリフを書くフキダシだ。

〔ロミちゃん、わたし、どうしちゃったのかしら?〕

 フキダシの中に、実際に話しているようなスピードで文字があらわれる。けれどマンガになったおばさんの口は動いていない。

〔黒い服を着た女の子が来たところまでは、おぼえているんだけど〕

 やっぱり、“くらやみリリィ”になったリリィが、やってきたらしい。

「おばさん、ミューちゃんは」

〔美羽なら、自分の部屋に……そういえば、あの子は大丈夫かしら〕

「すみません、おじゃまします!」

 じれったくなったロミは、玄関で靴を脱いで、家の中に入った。もう何度も来ているので、ミューちゃんの部屋は知っている。

「ミューちゃん!」

 部屋の扉を開けると––––ミューちゃんらしい女の子の絵が、机の横の壁に描かれていた。もちろん、それは……。

〔ロミ、わたし、なんだかへんなんだけど〕

〔黒い服を着た女の子が、いきなり部屋に入ってきたの〕

〔なんだかリリィに似てたけど、髪も服も黒かったから、ちがうわよね〕

〔どうして、体が動かないのかしら〕

 おばさんと同じように、ミューちゃんの顔の横にフキダシがうかびあがってくる。

「ミューちゃん」

 あまりのことにロミは足の力がぬけて、その場にへたりこむ。

(ミューちゃんが、マンガになっちゃった)

 どうしていいかわからなくなって、涙がポロポロこぼれてきてしまう。

〔ねぇ、ロミ、どうして泣くの〕

〔いきなり泣きだすなんて、おかしいわよ〕

 そんな言葉の入ったフキダシが、いくつも壁にうかんでは消えて––––マンガになってしまっても、ミューちゃんはやさしかった。

(次回更新は4月1日です)

1 2

バックナンバー

profile

  • 朱川湊人

    朱川湊人

    1963年1月7日生まれ。大阪府出身。出版社勤務をへて著述業。2002年「フクロウ男」でオール読物推理小説新人賞、2003年「白い部屋で月の歌を」で日本ホラー小説大賞短編賞、2005年大阪の少年を主人公にした短編集「花まんま」で直木賞を受賞。おもな作品に、『スズメの事ム所 駆け出し探偵と下町の怪人たち』『アンドロメダの猫』『無限のビィ』『冥の水底』『なごり歌』『かたみ歌』『サクラ秘密基地』『オルゴォル』『銀河に口笛』『いっぺんさん』『都市伝説セピア』などがある。

今日の1さつ

おばあちゃんが、まじょになったり、ロケットやUFOにのったりしておもしろかったりすごかったりして、あとおばあちゃんがだちょうにのったりしてたのしい本でした。(7歳)

pickup

new!新しい記事を読む