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時間色のリリィ

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「みんな、本当に勝手な人ばかり……だからロミちゃんも、そんなさびしい思いをしなくっちゃなんないんだね」

 いままでとは打って変わった大人のような声でいうリリィは、髪の色も服の色も、それまでとはまったくちがっていた。どちらも黒くなって、夜の空のような色だ。ちょっと地味だけどかわいらしかった白いハイソックスと赤い靴までも黒くなって、ブーツみたいに見える。

「いったい、どうしたっていうのよ、リリィ」

「この世界を、わたしが楽しくしてあげるよ。そうしたらロミちゃんも、さびしくなくなるでしょ」

 そういいながらリリィは右手の人差し指を立て、それを目の前の宙に突きたてて、上から下にゆっくりと動かした。それと同時に、なにもないはずの空間に1本の線があらわれる。まるでリリィの指がペンで、それで宙にタテ線を描いたみたいだ。

「わっ、すごい……なにもないところに、絵を描いたりできるんだ」

 ロミが思わず声をあげると、リリィは額に貼ったシールをはがしながら笑う。

「おどろくのは、まだ早いよ」

 たしかに、おどろくのは早かった。宙に描いた30センチくらいの細い線は消えずに残っていて、それをリリィがつかんだとたん、いきなり本物の棒になった。かと思うと、その先に2つの三日月を背中合わせにくっつけたような飾りがあらわれる。

 それはまちがいなく、ロミが頭の中で見たマンガの中のリリィが持っていた“魔法の杖”だ。

 「これさえあれば、なんでもできるわ」

 それを手にした黒い髪のリリィは、その棒の先を、ゆっくりと公園の植えこみのほうにむけた。その動きに危険なものを感じたのか、かくれていたネコが飛びだしてくる。

 「マンガになれ!」

 その瞬間、棒の先についていた三日月を合わせたような飾りから、イナヅマのようなまぶしい光が走る。ロミは思わず目をつぶったが、その光の線は、閉じたまぶたのうらにもクッキリと残像がうかびあがるほど強かった。

 やがて、おそるおそる目を開くと––––目の前のブロック塀に、さっきまではなかったはずのネコの絵が描かれていた。ギャグマンガ系の線の少ない絵で、ちょうど塀の上に飛びあがろうとしているポーズだ。おまけに体の横には、描き文字で“ぴょーん”と書いてある。

(さっきのネコは……)

 そう思ったロミがあたりを見まわしていると、リリィが高い声で笑った。

「もしかして、さっきのニャンコを探してるんなら、ちゃんと目の前にいるでしょ。わかんないかなぁ? わたしが魔法でマンガにしたんだよ」

「マンガにしたって……そんなバカな」

「疑うんなら、さわってみればいいじゃない」

 あわててブロック塀にかけよってネコの絵にさわってみると、その絵はふしぎとあたたかかった。そればかりか、胸の近くに手をあてると、ドキドキと胸の鼓動みたいなものまで伝わってくる。

 「あ、あんまり強くこすると消えちゃうから、気をつけてね」

 おどろきのあまり、ネコの絵の前で固まっていたロミにリリィがいったけれど、妙に冷たい声だった。

 「リリィ、なんてことをするの。早くもどしてあげてよ」

 「うーん、悪いけど、おことわり」

 そういいながらリリィは、最初は右足、続けて左足のつま先で、トントントンと地面をけった。それから助走もなしにジャンプしたかと思うと、ロミの頭の上をかるがるとこえて、近くのすべり台の上にみごとに立った。あれこそが『リリィのひみつ』に書かれていたスーパーシューズの力らしい。

 「ロミちゃんをさびしくさせるものを、わたしが全部マンガにしてあげるよ。そしたら、ロミちゃんも楽しくなるからね」

 そういったあと、再びジャンプして公園の入り口近くの街灯のてっぺんをけり、さらに大きく飛んで、近くの家の屋根の上に乗った。もちろん当たり前の人間にできることじゃない。まるでアニメか特撮番組を見てるみたいだ。

 「あなた、ほんとにリリィなの?」

 ロミが大きな声でたずねると、屋根の上に立ったリリィは、右手で魔法の杖を前に突きだし、左手を高く上げる、バレエのようなポーズを取って答えた。いつものえらそうな、だけど明るいポーズとはちがう。

 「わたしは“くらやみリリィ”……おぼえておいてね」

 そう答えたかと思うと、リリィは体の前で魔法の杖を×の字に振った。とたんに体が粘土かガムみたいにグニャリとしたかと思うと、いきなり大きな鳥の姿に変わる。

(あれは……カラス?)

 ミューちゃんは、リリィが赤い小鳥になるのを見たといっていたけれど、屋根の上にいるのは––––どう見ても黄色いカラスだ。

「リリィ、ちょっと待って!」

 ロミは力いっぱいさけんだけれど、黄色いカラスになったリリィはなにも答えず、いきなり大きく羽ばたいて、どこかに飛びさっていく。

(どうしてリリィが、“くらやみリリィ”なんかになるの?)

 黄色いカラスが飛んで行った方を見ながら、ロミは上着のポケットの中から携帯を取りだした。園内くんが考えたように、もしミコおばさんとリリィがなんらかの形でつながっているのだとすれば、いま、ミコおばさんは気を失っているはずだ。それをどうにかして起こしてもらえば、きっとリリィは消えるにちがいない。

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  • 朱川湊人

    朱川湊人

    1963年1月7日生まれ。大阪府出身。出版社勤務をへて著述業。2002年「フクロウ男」でオール読物推理小説新人賞、2003年「白い部屋で月の歌を」で日本ホラー小説大賞短編賞、2005年大阪の少年を主人公にした短編集「花まんま」で直木賞を受賞。おもな作品に、『スズメの事ム所 駆け出し探偵と下町の怪人たち』『アンドロメダの猫』『無限のビィ』『冥の水底』『なごり歌』『かたみ歌』『サクラ秘密基地』『オルゴォル』『銀河に口笛』『いっぺんさん』『都市伝説セピア』などがある。

今日の1さつ

子ども達へおはなしや絵本の読み聞かせをする活動をしています。「ピーターとオオカミ」は以前影絵劇として制作・公演したことがあります。降矢さんの絵は絵本のもつ特徴を生かした動きのある素晴らしい絵で画面からオーケストラの音が流れてくるようです。(70歳)

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