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時間色のリリィ

21

 その次の日、ロミはなんだかモヤモヤしていた。

 バァバとミコおばさんが、いっしょにマンガを描かなくなった理由を聞いて––––どっちの気持ちもわかるような気がしたからだ。

 きっとマンガを描きたい気持ちは、バァバよりもミコおばさんのほうが強かったんだろう。けれど、マンガ以外のことだってしたかったバァバの気持ちもわかる。自分もミニバスは好きだけど、ミューちゃんと会うたびにバスケットをやっているわけじゃない。いっしょに本屋さんにも行きたいし、ポンちゃんに会いにいったりもしたい。

「ソノちゃんが、どれだけマンガを描くことに情熱を傾けていたか、わたしには、よくわかってたの……小学3年のときになかよくなってから、毎日のように顔を合わせていたからね」

 前の日、喫茶店でバァバが話してくれたことを思い出す。

「だからわたしもがんばったんだけど……そのころからわたしは、一度でも“イヤだなぁ”と思ったら、やる気が出なくなっちゃうのよ。わかるでしょう?」

 たしかにバァバは、そういう性格だ。

 ロミが知っているだけでも、いくつもの趣味やスポーツに手を出していたけれど、 続いているのはハイキングとジム通い、それと江戸時代の終わりごろに活躍したという『新選組』についての研究(というか、アイドルみたいに追っかけてる感じだろうか)くらいのものだ。ロミが小さかったころは、ジャズダンスや焼き物でブローチ作りなんかもしていたけれど、いつの間にかやらなくなった。それをママが「お母さんは、ほんとに飽きっぽいよねぇ」と冷やかすと、バァバは胸を張って答えたものだ––––「こちとら毎日、年を取ってるのよ! つまらないと思ったことに使ってる時間なんざ、1分だってナイジェリア!」。

 まぁ、ジェリアは余計だし、だれでも毎日年を取っているはずだけど、早い話、時間は貴重だといいたかったんだろう。もしかすると、そのつまらないところを通りすぎれば、もっと上手になったりするのかもしれないけど、バァバの気持ちも、わからないでもない。

「でもね、ソノちゃんとマンガを描いてたときは、わたしもがんばったよ。マンガが好きだったし……ソノちゃんのことも大好きだったからね」

 バァバがそういったとき、ロミは『大魔法使いリリィのぼうけん』に出てくる、2人の女の子を思い出した。メガネをかけて本が大好きな“モモ”と、背が高くてスポーツ万能の“リンゴ”のなかよしコンビ––––あれはきっと、小学生のころのミコおばさんとバァバたち自身がモデルになっているにちがいない。もちろん、実際よりも美化しているかもしれないけど、きっと2人はマンガの中と同じようになかよしで、いつもいっしょで、こまったときには助けあったりしていたんだろう。

 けれど現実には、2人は、いつまでもいっしょにいられなかった。それぞれが行きたいと思った道に、それぞれに進んでしまったからだ。

「本当は……わたしがテニスをやりたいと思ったときに、ソノちゃんもいっしょにやってくれたら、それが一番うれしかったでしょうね。でもソノちゃんは、体育の授業さえ見学していたくらいだから、テニスみたいな激しいスポーツはできないの。だから、わたしはそのことをいわずにいたんだけど、いつまでもそういうわけにもいかなかったわ。いや、たしか、ソノちゃんのほうから聞いてきたのよ……遊びに誘われても、“きょうは用事があるからダメなの”って、わたしが何度も答えてたから」

 きのう、バァバはコーヒーを飲みながら、何回も長いまつ毛をパチパチさせていた。そのうち、まつ毛に涙の玉がからんで、キラキラ光った。

「わたしがテニスを始めたっていったら、ソノちゃん、すごくビックリしてた。でも、すぐに笑って、“レイちゃんだったら、きっと岡ひろみみたいになれるよ!”っていってたなぁ」

 “岡ひろみ”は有名なテニスマンガの主人公だ。ロミもバァバの家で、単行本を読んだことがある。

「それからソノちゃんは家に電話してこなくなったし、わたしも、あんまり話しかけなくなったの」

「どうして?」

 そのときのロミは、すっかりココアを飲むのも忘れて、バァバの話に聞きいっていた。

「もしかしたら怒ってるのかもしれないって思えたし……たとえソノちゃんが怒ってなくても、わたしはソノちゃんを傷つけちゃったのよ。直接じゃないけど、“ソノちゃんはテニスができないから遊ばない”っていったも同じなんだから」

「あっ、そうか」

 なんだか、2人ともかわいそうだ––––その話を聞いたとき、ロミは思った。

 ミコおばさんだって、バァバのじゃまをしようと思っていたわけではないだろうし、バァバだって、ミコおばさんを傷つけようと思っていたわけじゃない。それなのに、どうして、そんなことになってしまうんだろう。

 そんな風に考えていると、どうしても心がモヤモヤした。

 その気持ちのまま学校に行ったけれど、授業中はもちろん、休み時間にリリィについてミューちゃんに話しているときも、胸の中に大きな石ころでも入れられたような気分で、いつもの調子が出なかった。

「ねぇ、なんだかきょう、元気ないんじゃない?」

 学校からの帰り道、とうとうミューちゃんにそういわれてしまったくらいだ。

「それにしても……そんなおもしろい体験をしたら、わたしだったら落ち着いてなんかいられないよ。きのうのうちに、電話で教えてくれればよかったのに」

「きのうはおじいちゃんとおばあちゃんが家に来てたからさ。気がついたら、9時過ぎちゃってて」

 ロミの家では、9時を過ぎたらよその家に電話をしてはいけない……というルールがある。

「でも、リリィはマンガの中から抜けだしてきたってわかったのは、すごいじゃない。やっぱりあの子は、そういう不思議な存在だったんだね」

 きのうの出来事は、朝、学校で会ったときにすぐに話した。

 けれど、あまりに話が常識からはずれすぎていたせいか、ミューちゃんは休み時間のたびに、くわしい説明を求めてきた。何回聞いても信じられないという気持ちはわかるけど、同じ話をくり返さなくてはならないロミは、なかなかに疲れた。

「わたしも、その……園内くんだっけ? その子のおばさんと、ロミのおばあちゃんが描いたっていうマンガ、読んでみたいな」

「頼めば、読ませてもらえるよ」

 自分のおばさんでもないのに、ロミは打てばひびくように答えた。ミコおばさんだったら、きちんとお願いすれば、きっとミューちゃんにも見せてくれるはずだ。

「もしよかったら、きょう、いっしょに病院に行ってみる? きのうテストだったから、きょうは塾がお休みなんだ」

「うわっ、残念」

 ロミの言葉に、ミューちゃんはきれいな眉をひそめて答える。

「きょうは、小山内さんたちと約束してるのよ……梅ケ崎との練習試合のこととか、話したいんだって」

「小山内さんたちと?」

「うん。ほかにも国井ちゃんとか、佐々木さんとか、エリカちゃんとか」

 その子たちは、みんなミニバスの仲間だ。国井ちゃんとエリカちゃんは4年生で、ほかの2人は5年だけど、学校がちがう。

「ミューちゃん、梅ケ崎との練習試合、出るの? 6月の終わり近くでしょ」

 梅ケ崎は同じ区にある町で、そのままミニバスケットボールのチーム名にもなっている。そこのコーチと、ロミたちが所属しているチームのコーチがむかしからの知りあいだそうで、非公式ながら、よく練習試合をしていた。いってみればロミたちのチームのよきライバルであり、うってつけの練習相手でもあるのだ。

「たしかに引っ越し直前だから、どうしようかと思ったんだけど……最後なんだから、記念に出たらいいって、コーチにいわれてさ。それもいいかなって思って」

 6月をすぎたら、ミューちゃんは家族といっしょに大阪に引っ越してしまう。

(そんなこと私は、いわれてない)

 そう思ったとき、胸の奥がチクリとするのを、ロミは感じた。それが顔に出ていたのか、ミューちゃんはあわてたようにつけ足す。

「もちろんコーチは、ほんとはロミだって練習試合に出したいっていってたよ。でもロミは、連休が終わったら休むことになってるでしょ」

 まったく、そのとおり––––ロミは5月の連休を最後にミニバスを休む。練習試合は、それから1カ月以上もあとに行われるのだ。だからロミには関係のない話である。

「なんだったらきょう、ロミも来る? 同じチームなんだから、小山内さんたちも、いいっていうよ」

「でもわたし……練習試合に出ないもん」

 考えてみれば、ロミがミニバスの練習に参加できる機会は、あと2回しかない。きっとチームのなかまたちには、自分はもうすぐいなくなる人間だと思われているのだろう。だからきょうだって、誘われなかったのだ。

「いやいや、いきなりわたしが行ったりしたら、みんなに迷惑だよぉ」

 しばらくしてから、わざと明るく大きな声で、ロミはいった。

「わたしはいなくなる人間だからさ、それはしょうがないって」

「ロミ……」

 ミューちゃんはこまったような顔で、ロミの肩に、そっと右手をのせた。

「いっしょに行こうよ……大丈夫だって」

「いいの、いいの。その時間でわたし、ばっちりガリ勉しちゃうんだから……よーし、がんばるぞー」

 自分でも無理しているのがわかったけれど、ミューちゃんによけいな気を使わせないようにするためには、できるだけ明るくしてみせるしかない。

「そのかわり、次に時間があるときは、絶対にいっしょにマンガを見にいこうね。電車に乗らなくっちゃいけないから、ちょっとだけお金がいるわよ」

「うん、絶対に行こう……わたしもリリィのマンガ、早く見たいよ」

 ミューちゃんがそういったとき、ねらったみたいに目の前に、二手に分かれた道があらわれた。いつもバイバイする道––––ロミは右に、ミューちゃんは左に行く別れ道だ。

「じゃあ、小山内さんたちに、よろしくね」

 精一杯の空元気で、ロミは手を振った。きっと納得していなかったのだろうけど、そのロミの努力をムダにしないようにしているのが丸わかりの顔で、ミューちゃんも手を振った。

(わたしとミューちゃんは、こんなふうにちがう道に行く……ミコおばさんとバァバみたいに)

 そう思っただけで目の前の風景が、じわっとにじんだ。

(次回の更新は3月11日です)

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  • 朱川湊人

    朱川湊人

    1963年1月7日生まれ。大阪府出身。出版社勤務をへて著述業。2002年「フクロウ男」でオール読物推理小説新人賞、2003年「白い部屋で月の歌を」で日本ホラー小説大賞短編賞、2005年大阪の少年を主人公にした短編集「花まんま」で直木賞を受賞。おもな作品に、『スズメの事ム所 駆け出し探偵と下町の怪人たち』『アンドロメダの猫』『無限のビィ』『冥の水底』『なごり歌』『かたみ歌』『サクラ秘密基地』『オルゴォル』『銀河に口笛』『いっぺんさん』『都市伝説セピア』などがある。

今日の1さつ

とてもおもしろかったです。わたしもお話に出てくる猫目アメや、つりたい焼きを買ってみたいなと思いました。(10歳)

pickup

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