「なるほど、ソノちゃんのおいっ子さんと塾がいっしょなんだね。やっぱり世界はせまいねぇ」
車を走らせながら、バァバはいった。迎えにきてくれたときより、声が小さくなっている気がする。
「でも、使っている駅が同じなんだから、そんなに離れてるわけでもないのかしら。そのわりには、街でバッタリ会うようなこともなかったけど」
バァバはいったけれど、ロミの家の近くの駅だって、そんなに小さいわけでもない。歩いている人は知らない人ばかりだし、逆に知っている人に会うほうがめずらしいくらいだ。ロミの街はだれでも知っているような街ではないけれど、そこに住んでいる人の数は、きっと自分が想像しているよりも、はるかに多いのだろう。
「ソノちゃん、入院してるっていったわね。調子悪いの?」
「ときどき入院するって友だちがいってたけど、見た感じでは、そんなに具合が悪そうでもなかったよ。どっちかっていうと元気だった」
「人は見ただけでわからないからね。入院するくらいなんだから、まったく元気ってわけじゃないんでしょう」
たしかにバァバのいうとおりだ。ロミが見たときはそうじゃなくても、つらくなることもあるにちがいない。やっぱり入院するくらいなんだから。
「むかしから、ソノちゃんはそういう感じだったわ。そのくせ、すごいガンバリ屋さんでね。好きなことだったら、やり通しちゃうのよ」
「バァバ、それってマンガのことでしょう? わたしも見せてもらったよ」
ロミは自分が『大魔法使いリリィのぼうけん』を読んだことを話した。
「あのマンガ、まだあったんだ……ソノちゃん、捨ててなかったのね」
「じつは校庭のすみに埋められてたのが、最近になって見つかったんだって」
「どういうこと?」
ロミは園内くんから聞いたことをそのまま話した。それを聞くと、バァバはなんだかむずかしい顔になった。
「埋めてあったって、本当?」
「うん。それを工事の人が見つけたんだよ」
ロミが答えると、バァバはしばらくだまって考えこんでいた。それから少しして、急に明るい声でいう。
「弘美、きょうは一日中テストで大変だったでしょう。ココアでも飲んでいかない?」
「えっ、だって、これから夕ごはんでしょ」
「若いんだから、ココア一杯くらい飲んだって平気でしょ……バァバは、ちょっとコーヒーが飲みたくなっちゃってさ」
ロミの返事を聞く前に、バァバは道路ぞいにある喫茶店の駐車場に車を入れていた。いつものことながら、バァバは決断が速い。ついでに車を降りる前に携帯でママに電話して、ガソリンがなくなりそうだからスタンドに寄っていく……と、ちゃんと言い訳をすませておくところもすごい。
「こういっておけば、20分くらいは平気でしょ」
それから車を降りて、喫茶店に入った。
どことなくファミレスっぽいけど、ご飯の種類は少なくて、飲み物やスイーツが充実しているお店だ。バァバのお気に入りで、月に何度かは連れてきてもらっている。ロミが頼むのは、だいたいココア。
「なるほど、これかぁ」
窓際の席に着いて注文してから、バァバはスマートフォンを取りだし、しばらくなにか探していたようだったけれど、やがておどろいた声をあげた。
「やだ、この人、リュウちゃん? ははぁ、ちゃんとおじさんになってるわねぇ」
「バァバ、なに見てるの?」
「これよ、これ」
そういってバァバが見せてくれたスマートフォンの中には、にこやかな顔をしている太った女の人と、その人より少し若いくらいの男の人がならんでいる写真が映しだされていた。2人の前にはテーブルがあり、その上にビニールをしいて、サビだらけの缶のようなものが置いてある。
バァバが画面を指先で軽くたたくと、写真はスッと小さくなって、なにかの記事を拡大していたものだとわかる。
「さっき弘美がいってた、西木塚小学校のホームページよ。大きい女の人はいまの校長先生で、となりの男の人は、ソノちゃんの弟の龍之介くん。子どものころは小ちゃくてかわいかったけど、いまは“やさしいおじさん”って感じね」
ミコおばさんの弟ということは、つまり園内くんのお父さんということだ。いわれてみれば、なんとなく顔が似ている。
「それで、この少し前には、マンガの入った缶が見つかったっていう記事があるわ」
さらにバァバが操作すると画面が変わって、サビだらけの缶の写真を載せたページが出てきた。新聞みたいに、『45年前の卒業生が埋めた? ぐうぜん見つかったタイムカプセル』という大見出しがついている。その下には、『中には、かわいい力作マンガ』という説明が書いてある。
「でも、肝心のマンガの写真がないわね……やっぱり個人情報みたいなものだからかしら。でも、いっしょに名札が入ってたってことと、名字だけは書いてあるなんてへんね」
バァバにスマホを借りて記事を読んでみると、たしかにその通りだった。名札に書かれていたはずの下の名前は書いていないけど、“園内”という名字だけは書いてある。いったいなんの情報を保護したいのか、よくわかんないや。