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時間色のリリィ

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「ホントにおどろいたなぁ……あんなことが、実際に起こるなんて」

 2人が住んでいる町の駅に着くまでの電車の中で、園内くんは同じ話ばかりくり返していた。

「あの子は、おばさんたちが描いたマンガの中からぬけだしてきたんだよ。そうとしか思えない」

 園内くんの話によると、ジュースを買ってミコおばさんの病室にもどると、すぐにサイドチェストの引き出しが少しだけ動いて、その隙間から紙のようなものがいきおいよく飛びだしてきたらしい。それは見る見るうちに人のような形になったかと思うと、リリィの姿に変わったというのだ。

「あれを見たら、ロミちゃんも絶対に、そう思うよ。いやぁ、すごいものを見ちゃったなぁ」

 園内くんは鼻息を荒くしていたけれど、ロミはおもしろくない気分だった。

(そんなすごいものが、どうしてわたしには見られないのよ)

 どういうわけか、まだ自分だけがリリィのすごいところを見ていない。

 小鳥になるのもカラスがいるからダメだといわれたし、サイドチェストから出たり入ったりするところも見逃してしまった。自分がはっきり見たものといえば、ポンちゃんと話すところと、八木谷さんのおばさんに、おばあちゃんの心の中をのぞかせてあげたところだけ––––八木谷のおばさんはよろこんでいたけれど、見てもいま一つ、不思議さが伝わってこない地味な場面だった。ミューちゃんと園内くんは決定的瞬間を見たというのに、どうして自分だけ。

「園内くんさ……すごいものを見たってよろこびたい気持ちはわかるけど、わたしは見てないんだってこと、忘れないでよね」

 つい強めの口調で釘をさしたら、わかりやすく園内くんは肩を落とした。

「ごめん。つい舞いあがっちゃって」

「そりゃあ、まぁ、人がふくれたりうすくなったりするのを見れば、そうなるのもわかるけどね」

「そうなんだよ、あれはホントに……」

 また同じ話がはじまりそうだったので、思わずにらむ。

「うわっ、ロミちゃん、こわい顔」

「そうさせてるのは……園内くんでしょ」

 どさくさにまぎれて、ロミも園内くんのことを“理央くん”とよぼうかな……と、思ったけれど、やっぱりムリだった。ちょっと恥ずかしいや。

「ところで、そのとき、ミコおばさんはどうだったの? わたしが見たときは、気を失ってるように見えたけど」

「それなんだけどさ……直前までは、ふつうだったんだよ。ぼくが買っていったジュースを見て、どれにしようかなっていってたくらいなんだ。でも引き出しからうすっぺらいものが飛びだしてきたとき、首をガクンと下げて、そのままベッドの上に倒れたような気がする」

「でも、リリィがいなくなったら、ふつうに目をさましてたわよね」

「うん……べつになんともなかったみたいだったね」

 ミコおばさんが気を失っているように思えて、ロミはあわてて看護師さんをよぶボタンを押した。けれど看護師さんが来てくれたときには、おばさんは当たり前なようすでベッドの上に身を起こしていた。看護師さんはべつに怒ったりはしていなかったけれど、なんとなく「いたずらでボタンを押しちゃダメよ」といいたそうな目をしていたっけ。

「リリィが出てきたらミコおばさんが気を失って、いなくなったら目を覚ますっていうのは……」

「よくわからないけど、2人がなにかでつながっているってことじゃないかな」

 どうしてそういうことになるのかはわからないけれど、ミコおばさんのようすを見るかぎり、そう考えるのが自然のような気がした。

 たとえばオカルトっぽく考えると––––なにかの拍子にミコおばさんの心の一部が体をぬけだして、それがリリィになっているんじゃないだろうか。それはあくまでも“心”だから、体をぬけたからといって死んでしまうようなことはなくて、ただ病気で自由にすごせない分を、リリィになって遊んでいるのかもしれない。

(そういえばリリィって、妙に古いもんなぁ)

 不思議なガマグチから出てくるのも500円札だし、物価の感覚もむかしっぽいし、例の「若さだよ、ヤマちゃん!」っていうのも、40年以上前に流行ったコマーシャルらしいし––––見かけは自分より年下にしか見えないけれど、中身は自分より年上なのかもしれない。

(もし、そうだとすると……バァバは大丈夫なのかな)

 リリィのマンガを描いたのはバァバとミコおばさんだ。ミコおばさんに起こってることなら、バァバに起こっていてもへんじゃない。リリィがあらわれることで、いきなり気を失ってしまったりしたら大変だ。

「あっ、しまった」

 そう思ったとき、ママとした約束のことを思い出した。ちょうど、降りる駅に着く直前のことだ。

「園内くん、いま何時?」

「えっ、いま……5時58分だけど」

園内くんは腕時計の文字盤をチラリと見て答えた。デジタルじゃない時計なのに、針がさしているところを細かく教えてくれる。

(あぁ、やっちゃった)

 朝、家を出るとき、きょうはバァバたちといっしょに夕食を食べるから、6時には帰ってくるようにいわれていたのだ。少しくらい本屋さんに寄ってきていいといわれていたから、つい油断してしまった。リリィのことをバァバに聞きたいと思っていたから都合はいいのだけれど、ママは時間にはうるさいから、少しくらい文句をいわれてしまうかもしれない。

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  • 朱川湊人

    朱川湊人

    1963年1月7日生まれ。大阪府出身。出版社勤務をへて著述業。2002年「フクロウ男」でオール読物推理小説新人賞、2003年「白い部屋で月の歌を」で日本ホラー小説大賞短編賞、2005年大阪の少年を主人公にした短編集「花まんま」で直木賞を受賞。おもな作品に、『スズメの事ム所 駆け出し探偵と下町の怪人たち』『アンドロメダの猫』『無限のビィ』『冥の水底』『なごり歌』『かたみ歌』『サクラ秘密基地』『オルゴォル』『銀河に口笛』『いっぺんさん』『都市伝説セピア』などがある。

今日の1さつ

特別支援学校の幼稚部で教員をしています。表紙のデザイン・ポップさに興味をもち、中身もいろいろな人たちが描かれていて、子どもたちにぜひ読んであげたいと思いました。世界にはいろいろな人がいる。みんなと手をとりあえる世界を!そんな気持ちになります。(40代)

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