「なんだか、のどがかわいちゃったなぁ」
しばらくして、話をそらすみたいに園内くんがいった。
「ジュース、買ってきていい?」
「あ、気がつきませんで……お客さんには、お茶くらい出さないとね」
ロミと話していたミコおばさんは、サイドチェストの引き出しに手をのばし、中から小さなサイフを取りだした。
「エレベーターの前に自動販売機があるから、そこで買ってきて」
「ロミちゃんも連れていっていいかな」
おばさんから何枚かのコインを受けとりながら、園内くんがたずねる。
「まさか、こわくて1人で行けないなんていうんじゃないでしょうね? たしか前に、そんなこといってたけど」
「あれは消灯時間が近くなって、廊下のあかりを消してたからだよ。さすがのぼくだって、まだ外が明るいうちに、そんなこといわないって」
なにげなく自分が臆病だって認めているけど、それに気づいてるのかな。
「まぁ、いいわ。2人で行ってきたらいいよ。ふふふ、お熱いこって」
目を三日月のように細めて、ミコおばさんはいった。
そういわれると行きにくくなってしまうけど、ロミはおばさんに小さく頭を下げ、園内くんといっしょに病室を出た。じつは“いっしょに来て”というアイコンタクトを、コッソリ送られていたからだ。
「さてと……ロミちゃんはどう思う?」
廊下を歩きながら園内くんがいったけれど、おばさんがいなくても、ロミを名前でよぶことにしたんだろうか。
「あのマンガのリリィと、このあいだ会った子は、どう見てもそっくりだよね?」
「うん、それは認めるしかないわね」
服の柄とかガマグチのデザインまでいっしょだからなぁ。
「そうだとすると、考えられることは2つだよ。1つは、あのマンガを先に読んで、リリィのまねをしているってこと。まぁ、よくいうコスプレっていうやつだよね」
「でも、マンガは缶に入って土の中に埋められてたんでしょ? ふつうは見られないんじゃない?」
「いや、読めるチャンスはあったよ。工事のときに缶が見つかってから、ぼくのお父さんがあずかるまで、校長室の棚の中にしまってあったらしいから」
なるほど、それならなにかの拍子に、あの女の子がマンガを読むチャンスがないわけではない。洋服やガマグチだって、そっくりなものを作る時間があったかもしれない。
けれど、ただのコスプレを楽しんでいるだけだとしたら、どうしてだれも知らない『大魔法使いリリィのぼうけん』を選ぶんだろう。同じ手間をかけるなら、もっと有名でかわいらしいキャラクターのコスプレがしたくなるものじゃないだろうか。
ロミがそういうと、園内くんは頭をかかえて、へんなうなり声をあげた。
「ロミちゃんのいうとおりだとすると、もう2つめの可能性しか残らなくなっちゃうんだよなぁ……でも常識的に考えれば、その可能性はかぎりなくゼロに近いんだ」
園内くんのいいたいことは、ロミにもわかっている。
「つまり、あの女の子は……」
「マンガの中からぬけだしてきた」
2人同時にいった言葉は、ピタリとそろっていた。よくミューちゃんとは、こんなふうに声が重なってハモッてしまうことがあるけど、ミューちゃん以外の人とははじめてだ。
「でも、そういうことは絶対にないでしょ」
しばらく顔を見あわせたあと、園内くんはいった。
残念ながら、そんな不思議でおもしろいことは、実際には起こらない。「あの子はじつは宇宙人」といわれたほうが、まだ可能性が高いような気がする。
けれど、リリィが八木谷さんのおばさんに、おばあちゃんの心の中をのぞかせてあげたのをロミは見たし––––ミューちゃんなんて、リリィが小鳥になるのを見たといっているのだ。
「園内くん、じつはね……」
そのときのことを、ロミは園内くんに話した。500円札が出てくる不思議なガマグチのことも、ヤギのポンちゃんと話をしたこともだ。
「そんなことがあったんだ……なるほど、魔法使いっぽいね。見た人もいるんだったら、本物かも」
園内くんはロミの話を聞きながら目を丸くしていたけれど、やがて手を大きく打ちならす。
「でもロミちゃんは、あの子をよびだせるんでしょ? それができるんだったら、なんにも悩む必要はないよ。答えを本人に聞けばいいんだから……さっそく、よんでみてよ」
「大丈夫かな、そんなことして」
「いやいや、それがいちばん早いでしょ」