icon_twitter_01 icon_facebook_01 icon_youtube_01 icon_hatena_01 icon_line_01 icon_pocket_01 icon_arrow_01_r

時間色のリリィ

18

「なんだか、のどがかわいちゃったなぁ」

 しばらくして、話をそらすみたいに園内くんがいった。

「ジュース、買ってきていい?」

「あ、気がつきませんで……お客さんには、お茶くらい出さないとね」

 ロミと話していたミコおばさんは、サイドチェストの引き出しに手をのばし、中から小さなサイフを取りだした。

「エレベーターの前に自動販売機があるから、そこで買ってきて」

「ロミちゃんも連れていっていいかな」

 おばさんから何枚かのコインを受けとりながら、園内くんがたずねる。

「まさか、こわくて1人で行けないなんていうんじゃないでしょうね? たしか前に、そんなこといってたけど」

「あれは消灯時間が近くなって、廊下のあかりを消してたからだよ。さすがのぼくだって、まだ外が明るいうちに、そんなこといわないって」

 なにげなく自分が臆病だって認めているけど、それに気づいてるのかな。

「まぁ、いいわ。2人で行ってきたらいいよ。ふふふ、お熱いこって」

 目を三日月のように細めて、ミコおばさんはいった。

 そういわれると行きにくくなってしまうけど、ロミはおばさんに小さく頭を下げ、園内くんといっしょに病室を出た。じつは“いっしょに来て”というアイコンタクトを、コッソリ送られていたからだ。

「さてと……ロミちゃんはどう思う?」

 廊下を歩きながら園内くんがいったけれど、おばさんがいなくても、ロミを名前でよぶことにしたんだろうか。

「あのマンガのリリィと、このあいだ会った子は、どう見てもそっくりだよね?」

「うん、それは認めるしかないわね」

 服の柄とかガマグチのデザインまでいっしょだからなぁ。

「そうだとすると、考えられることは2つだよ。1つは、あのマンガを先に読んで、リリィのまねをしているってこと。まぁ、よくいうコスプレっていうやつだよね」

「でも、マンガは缶に入って土の中に埋められてたんでしょ? ふつうは見られないんじゃない?」

「いや、読めるチャンスはあったよ。工事のときに缶が見つかってから、ぼくのお父さんがあずかるまで、校長室の棚の中にしまってあったらしいから」

 なるほど、それならなにかの拍子に、あの女の子がマンガを読むチャンスがないわけではない。洋服やガマグチだって、そっくりなものを作る時間があったかもしれない。

 けれど、ただのコスプレを楽しんでいるだけだとしたら、どうしてだれも知らない『大魔法使いリリィのぼうけん』を選ぶんだろう。同じ手間をかけるなら、もっと有名でかわいらしいキャラクターのコスプレがしたくなるものじゃないだろうか。

 ロミがそういうと、園内くんは頭をかかえて、へんなうなり声をあげた。

「ロミちゃんのいうとおりだとすると、もう2つめの可能性しか残らなくなっちゃうんだよなぁ……でも常識的に考えれば、その可能性はかぎりなくゼロに近いんだ」

 園内くんのいいたいことは、ロミにもわかっている。

「つまり、あの女の子は……」

「マンガの中からぬけだしてきた」

 2人同時にいった言葉は、ピタリとそろっていた。よくミューちゃんとは、こんなふうに声が重なってハモッてしまうことがあるけど、ミューちゃん以外の人とははじめてだ。

「でも、そういうことは絶対にないでしょ」

 しばらく顔を見あわせたあと、園内くんはいった。

 残念ながら、そんな不思議でおもしろいことは、実際には起こらない。「あの子はじつは宇宙人」といわれたほうが、まだ可能性が高いような気がする。

 けれど、リリィが八木谷さんのおばさんに、おばあちゃんの心の中をのぞかせてあげたのをロミは見たし––––ミューちゃんなんて、リリィが小鳥になるのを見たといっているのだ。

「園内くん、じつはね……」

 そのときのことを、ロミは園内くんに話した。500円札が出てくる不思議なガマグチのことも、ヤギのポンちゃんと話をしたこともだ。

「そんなことがあったんだ……なるほど、魔法使いっぽいね。見た人もいるんだったら、本物かも」

 園内くんはロミの話を聞きながら目を丸くしていたけれど、やがて手を大きく打ちならす。

「でもロミちゃんは、あの子をよびだせるんでしょ? それができるんだったら、なんにも悩む必要はないよ。答えを本人に聞けばいいんだから……さっそく、よんでみてよ」

「大丈夫かな、そんなことして」

「いやいや、それがいちばん早いでしょ」

1 2

バックナンバー

profile

  • 朱川湊人

    朱川湊人

    1963年1月7日生まれ。大阪府出身。出版社勤務をへて著述業。2002年「フクロウ男」でオール読物推理小説新人賞、2003年「白い部屋で月の歌を」で日本ホラー小説大賞短編賞、2005年大阪の少年を主人公にした短編集「花まんま」で直木賞を受賞。おもな作品に、『スズメの事ム所 駆け出し探偵と下町の怪人たち』『アンドロメダの猫』『無限のビィ』『冥の水底』『なごり歌』『かたみ歌』『サクラ秘密基地』『オルゴォル』『銀河に口笛』『いっぺんさん』『都市伝説セピア』などがある。

今日の1さつ

この本と出会ったのは、もう30代になった娘が幼稚園児の頃でした。その娘が母となり、孫は3歳。まだ早いと思いますが「2〜3年後に手に取ってくれたら」という思いと「また絶版になったらどうしよう」という不安から注文させていただきました。“美術館”をテーマにした絵本は、他にも幾つかありますが、この本は「すばらしい絵」とともに大人にも子どもにも大切なことを教えてくれる美術入門書だと思います。(3歳・おばあさまより)

pickup

new!新しい記事を読む