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時間色のリリィ

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「ミコおばさんは、6階に入院してるんだ。たぶん今ごろなら、ちゃんと起きてると思うよ」

 さっさと病院の中に入ろうとする園内くんに、ロミはたずねた。

「ちょっと待ってよ。おばさんって、なんの病気なの?」

 さすがに、なにも知らないで会うのはどうかと思える。

「くわしいことはぼくも知らないんだけど、生まれつき体が弱いらしくて……すぐに疲れて、起きていられなくなっちゃうんだよ」

「もしかすると、命にかかわるような病気?」

「特にそういうわけじゃないって、前に父さんに聞いたよ。でも入院は、何回もしてる。いつもは、すごく元気なんだけど……ときどき、調子が悪くなる時期があるみたいなんだよね」

「大変なんだね」

 なかなか治らないケガや病気になってしまった人たちは、本当に大変だろうな……と、ロミは思う。熱が出るだけで体がつらくなるし、指先をちょっぴり切ってしまっただけでもヒリヒリ痛みつづけるというのに––––入院するほどなんて、どれだけつらいだろう。ロミはいままで一度も入院せずに大きくなっているけど、それだけでも、すごくありがたいことにちがいない。

「でも、調子がいいときは、ほんとに楽しいおばさんなんだよ。いろんなことを知っていて、なんでも教えてくれるし……なにより、すごくやさしいんだ」

 そんなおばさんが大好きだというのが、園内くんの口ぶりから伝わってくる。

「それに、ほんとに本やマンガが大好きでさ。家の中は本だらけなんだ。おばさんが子どものころから持っていたのもあるし、いまのマンガも買ってるし……それが部屋からあふれちゃって、階段にならべてあったりするくらいなんだよ」

「それって、どういうこと?」

「ミコおばさんは、2階建ての一軒家に1人で住んでるんだけど、その家の階段は、ちょっと大きめに作ってあるんだよ。でもミコおばさんは体が小さいから、上り下りする分には、半分くらいの面積で十分なんだって。だからあまった半分に、活字の本やマンガが積んであるってわけ」

「なるほど、そういうことね」

 地震なんかあったらあぶない気もするけど––––マンガが好きという点では、きっとバァバも負けていないだろうと思う。

 バァバの家にも古いマンガの単行本がいっぱいあって、遊びにいったときには、必ずロミも読んでしまう。いまのマンガに比べれば古くさく感じることもあるし、わからないギャグが出てきたりもするけど、どれもおもしろいものばかりだ。もちろん自分の好みが、バァバに似ているからかもしれないが。

「それにむかし、マンガの新人賞に応募して、入選したこともあるんだって」

「へぇ、すごいね……そのままプロになったりはしなかったの?」

「おばさんもそうしたかったらしいんだけど、やっぱり病気のせいで、無理だったみたい。なにせ1つの作品を描くのにも、すごく時間がかかっちゃうらしいから」

 せっかく才能があるのに、もったいないなぁ……と、ロミは思った。やっぱり仕事になれば、しめきりをきちんと守ることが大事なんだろう。

「じゃあ、行こうか」

 そういうと園内くんはロミといっしょに玄関の自動ドアを通り、広いロビーを突っきった。この病院の中を、十分に知っているらしい。

「ねぇ、わたし、お見舞いとか持ってきてないけど、いいの?」

「いいよ、そんなの……それより御子柴さんが友だちのお孫さんだって聞いたら、ミコおばさん、すごくビックリすると思うよ。いきなり元気になっちゃうかも」

「でもさ、『ミコ・ミコぷろだくしょん』って名前を聞いて、どうしてミコおばさんのことを思いださなかったの? わたしなんかより、よっぽど身近にいる“ミコ”じゃないの」

「よく知らないけど、駅にくっついてるビルの中に、『ミヨちゃん』っていう名前の甘いもの屋さんがあるんだって。でも、たまたま同じだからって、日本中のミヨちゃんが、なにか関係あるわけじゃないよね? まさか、ぜんぜん知らない女の子の口から出てきた名前が、自分のおばさんに関係があるなんて、すぐには思いつかないよ。はじめて聞く言葉だったし」

 いつかのロミのセリフをそのままくり返して、園内くんは笑った。ちょっと、にくたらしい。

「あ、そうだ……御子柴さんのこと、おばさんにまだ教えてないんだ。ビックリさせたいから、自分で名前をいわないでよ」

エレベーターに乗って6階まで上がり、大きな窓から光がいっぱい入ってくる廊下を歩いている途中、園内くんは思いだしたようにいった。

(また、めんどうくさいことをいいだして)

  ロミはそう思ったけれど、少しくらいつきあってあげなきゃダメかなぁ?

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  • 朱川湊人

    朱川湊人

    1963年1月7日生まれ。大阪府出身。出版社勤務をへて著述業。2002年「フクロウ男」でオール読物推理小説新人賞、2003年「白い部屋で月の歌を」で日本ホラー小説大賞短編賞、2005年大阪の少年を主人公にした短編集「花まんま」で直木賞を受賞。おもな作品に、『スズメの事ム所 駆け出し探偵と下町の怪人たち』『アンドロメダの猫』『無限のビィ』『冥の水底』『なごり歌』『かたみ歌』『サクラ秘密基地』『オルゴォル』『銀河に口笛』『いっぺんさん』『都市伝説セピア』などがある。

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象(トンキー)のためにがんばる三吉さんの気持ちが強く伝わりました。戦争をするとこういう悲しいことや辛いことがあることがわかりました。(11歳)

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