icon_twitter_01 icon_facebook_01 icon_youtube_01 icon_hatena_01 icon_line_01 icon_pocket_01 icon_arrow_01_r

時間色のリリィ

14

 それから30分ほど後、ロミは園内くんと2人で、病院の前にいた。塾の本校のある駅と地元の駅との、ちょうど中間の場所にある大きな総合病院だ。

「つまり、その雷おこしの缶は、ぼくのおばさんが小学を卒業するときに、学校のフェンスの近くに埋めたものだったんだよ」

 病院に来る途中で、ロミは話の続きを聞いていた。

「園内くんのおばさんって、西木塚小学校だったんだ」

「そのころは、坂江第二小学校っていう名前だったんだけどね。いまは別の場所に住んでいるけど、おばさんは子どものころ、ぼくの家に住んでいたんだよ。父さんのお姉さんだからね。まぁ、ぼくが生まれる前に改築したらしいから、まったく同じ家ってわけじゃないんだけど」

「でも……子どものころって一口にいっても、ずいぶんむかしの話でしょ?」

「うん。お父さんとは6つか7つ、歳が離れてるらしいから、おばさんはいま、56か7のはずだよ。だから小学校を卒業したのは、もう45年以上、むかしじゃないかな」

「園内くんのお父さんは、50歳?」

「そうだよ。このあいだ、なったばっかり」

 もちろん、お父さんが何歳でも構わないけれど、どちらかというとロミのジィジやバァバに近い年だ。もっともバァバとママは、どっちも22歳で結婚したらしいから、こっちのほうが早いのかもしれない。

「でも、どうして缶を埋めたのが、園内くんのおばさんだってわかったの?」

「それがね……同じ缶の中に、名札が入ってたらしいんだよ」

「名札?」

「おばさんに聞いたんだけどね、坂江第二小学校は、いつも胸に名札をつける決まりがあったんだって。小さい布に校章がついてて、それにマジックとかで学年とクラスと名前を書くらしいよ。それを小さいビニールケースに入れて、安全ピンで胸にとめておくのがルール」

「どうして、そんなことをするの? 知らない人に名前が知られちゃうじゃない」

 よくないことを考えているかもしれない人に名前を知られてしまうのは、なんとなくこわい気がするけれど。

「いやいや、ぼくにいわれてもこまるよ。とにかくむかしは、そうだったんだって」

 たぶんむかしはむかしで、それなりに意味のあることだったんだろう。

「それでね……じつは、その土の中から出てきた缶のことが、学校のホームページに載ったんだよ。やっぱりおもしろい話だからさ」

 たしかに学校の長い歴史を感じさせるような話だから、ちょっとした話題にはなるかもしれない。

「それでそれを見た人の中に、ずっと前に西木塚小学校で働いていた先生がいたんだ。もう、かなりのお年寄りらしいんだけど……しかも、その先生はむかし、坂江第二小学校時代にも、あの学校で先生をやってたことがあるんだって。それで名札の名前で、おばさんのことを思い出したんだ」

「へぇ、すごい。おばさんって、もしかして有名人?」

「イラストレーターだけど、そんなに有名でもないと思うよ」

 園内くんはなんでもないことのようにいったけれど、ロミは素直におどろいた。

 よくはわからないけど、たしかイラストレーターというのは、絵を描くのを仕事にしている人のことだ。きっとマンガ家のように、才能がなければなれない仕事にちがいない。

「うーん、たしかに、たまに雑誌とかに絵がのってるけど、それだけで食べていくのは大変みたいでさ……小さな雑貨屋さんみたいなお店もやってるんだ」

「どっちもステキじゃない」

「でも、いまは病気で入院しているんだよ」

 なんでも園内くんのおばさんは、子どものころから体の弱い人だったらしい。くわしいことは聞けなかったけれど、大人になるまでに何度も入院したりしていたのだそうだ。

「たぶんむかしの先生がおばさんのことを思い出したのは、そっちの印象が強かったからじゃないかな……それで、その知らせを聞いたいまの校長先生は、その缶をおばさんに返してあげようと考えたんだよ。45年前の大切な思い出の品物だからね。それで調べたら、おいっ子のぼくが自分の学校の生徒だったって、はじめてわかったんだって」

 やっぱり園内という名前は、めずらしいのかもしれない。

「その缶は、もう何日も前に父さんがあずかって、入院しているおばさんのところに持っていってあげたんだ。ぼくはきのうお見舞いに来て、はじめて、そのマンガを見たんだけど……主人公のリリィは、あの女の子と同じ格好をしていたんだ。おまけに髪の毛も茶色くて、あの子が、そのまんまマンガになったみたいだった。いや、じつは逆で、あのマンガの主人公が、こっちの世界に出てきたんじゃないかって思えたくらいなんだよ」

 どこかこわそうな口ぶりで園内くんはいったけれど、なんだかロミも頭がクラクラした。

(リリィが、マンガからぬけだしてきた?)

 ほんの一瞬、そう考えたけれど、あわてて頭をふる。残念ながら、そんなおもしろいことは、実際には起こらないものだ。

(でも、リリィが魔法使いなのは本当だし)

 あぁ、もう、なにをどう考えればいいのか、わからなくなってくる––––思わず眉をよせてうなっていると、園内くんが冷静な声でいった。

「御子柴さん、そんな甘えるのがヘタな猫みたいな声を出すのは、まだ早いよ」

「わたし、そんな声出してた?」

「うん。いま、“あ”とか“え”に濁点をつけたみたいな声を出してたよ。ほら、猫って、なでてあげたりすると、のどをゴロゴロ鳴らすでしょ? でも、ときどき、そのゴロゴロがうまく出せなくて、そういうへんな音が出すのがいるじゃない。じつはうちの猫も……」

 そこまで話したところで、ロミがこわい顔をしているのに気づいたのか、園内くんはわざとらしいせきばらいをして口を閉じた。

1 2

バックナンバー

profile

  • 朱川湊人

    朱川湊人

    1963年1月7日生まれ。大阪府出身。出版社勤務をへて著述業。2002年「フクロウ男」でオール読物推理小説新人賞、2003年「白い部屋で月の歌を」で日本ホラー小説大賞短編賞、2005年大阪の少年を主人公にした短編集「花まんま」で直木賞を受賞。おもな作品に、『スズメの事ム所 駆け出し探偵と下町の怪人たち』『アンドロメダの猫』『無限のビィ』『冥の水底』『なごり歌』『かたみ歌』『サクラ秘密基地』『オルゴォル』『銀河に口笛』『いっぺんさん』『都市伝説セピア』などがある。

今日の1さつ

富弘さんの詩画は大好きで新しいのが出るとすぐに買います。画もすてきですが詩がさらにすばらしく一気に読んでしまい、その後ゆっくりと何度も読み返します。気がかりや悩みがあっても少し安らぐのです。富弘さんの詩のような心になれたらいいなあと思います。(80歳)

pickup

new!新しい記事を読む