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時間色のリリィ

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(ミューちゃんが、遠くに行っちゃうなんて……)

 その日の夜、塾に行っても、そのことばかりが気になって、ロミは勉強に身が入らなかった。

「それで、いつ引っ越しするの?」

「6月のはじめあたりだって、お母さんがいってた。どうせだったら、今学期が終わるときに引っ越したら、夏休みの宿題をやんなくても済むのにね」

 そんなことを、冗談っぽくいってたミューちゃんを思い出す。あんまりさみしそうでもない口ぶりだった。

「でも、お父さんが1人でいるのは大変だし、よけいにお金がかかるから、早く行ってあげたほうがいいんだって。それにむこうの学校にも、早くなれたほうがいいだろうし」

 ミューちゃんのいうことは、よくわかる。

 でも、ロミは素直に「そうだね」ということができなかった。とても悲しいはずのことを、なんでもないみたいにいわれても。

「大丈夫だよ、ロミ。関西なんて、新幹線に乗ったらすぐだし……もう少ししたら、ロミもスマホを買ってもらえるでしょ。そしたらネットで、毎日テレビ電話ができるよ」

 ロミがしょげているのに気がついたミューちゃんは、どこかこまったような顔になっていった。

(ちっとも、大丈夫じゃないよ)

 いくら新幹線ですぐだといわれても、乗るだけでお金がたくさんかかるし、スマホを買ってもらえるのなんて、たぶん、ずっと先だ。

 いまのところ、ロミは子ども用の携帯しか持っていない。ロミのいる場所をパパやママに知らせてくれる機能があって、いざというときには防犯ブザーにもなるのだけれど、家族とかかぎられた人にしか電話ができなかったり、人気の通信アプリが使えなかったりする。

 本当はミューちゃんが持っているような、子どもにはよくないインターネットのサイトにつながらないようにしたスマートフォンのほうがよかったのだけれど、パパやママが許してくれなかった。

「弘美は小学生なんだから、いまはそれで十分だよ。スマホは、中学生か高校生になるまでダメだ」

 あまりうるさいことをいわないパパが、まるで怒ったみたいにいっていたものだ。

 その言葉を思い出すと、スマホを手に入れてミューちゃんと話せるようになるのには、まだ2年も3年も(もしかすると、もっと)先のことだ。

「どのみち、わたしたちは別々の中学に行くんだから、ずっといっしょにいられるわけじゃないでしょ……お別れが、少し早くなっただけのことよ」

 ミューちゃんのその言葉を思い出すと、何度でも涙が出そうになる。

 そう、たとえミューちゃんが引っ越さなかったとしても、ロミが志望校に合格したら、別々の中学に行く。ぜんぜんちがう制服を着て、ちがう場所にある学校に通う。それぞれに新しい友だちができて、その友だちどうしでしかわからないような話をしたりする。

 本当はロミも、自分が別の中学に行くということは、そういうことだ……と、うっすら考えてはいた。でも、それはまだわからないという気持ちもあった。思うように成績があがらず、受験を取りやめるかもしれないし––––がんばっても、失敗してしまう可能性だってあるのだから。

 そうなってしまうのは残念だけれど、ミューちゃんと同じ中学に行けるのは、正直いってうれしいことだ。いままでと同じようにいっしょに帰ったりできるし、毎日顔を合わせて、おしゃべりもできる。それに、きっとミューちゃんのことだから、中学に入ったらバスケットボール部に入るだろう。そのときは自分も入って、またいっしょにボールを追いかけよう。

 けれどミューちゃんのほうがいなくなってしまうのなら、そんなことは夢になる。

 ロミが受験に成功しようが失敗しようが、もうミューちゃんは、この町からいなくなるのだ。遠いところに引っ越して行って、よほどのことがないかぎり、会うこともなくなるのだ。

(そんなのイヤだよ! さびしいよ!)

 ミューちゃんに抱きついて、そんなふうにいいたいと思うけれど––––もしかすると、ミューちゃんは、こういうかもしれない。

「でも、ちがう中学に行くって決めたのは、ロミのほうでしょ? わたしと離れ離れになってもかまわないって、先に決めたのはロミだよね」

 本当のミューちゃんは、そんなことを絶対にいわない。でも、なぜだかロミには、そんなふうにいうミューちゃんの顔や声が想像できてしまう。

 だからといって受験がやめられるわけでもないし、やめてもしょうがないのだけれど––––ロミははじめて、受験なんかしたくないと思った。

(ミューちゃんと、いつまでもいっしょにいたいよ)

 保育園のときから、ずっといっしょだったミューちゃん。

 いつでも近くにいてくれたミューちゃん。

 ケンカしたことだってあるけれど、その後には、必ず前よりもなかよくなったミューちゃん。

 笑うと猫みたいな顔になって、ときどき、きびしいこともいうミューちゃん。

 そんなミューちゃんが大好きなのに、どうしてお別れしなくっちゃなんないんだろう。あぁ、受験なんか、なくなっちゃえばいいのに。ミューちゃんのお父さんが、転勤なんかしなければいいのに。

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  • 朱川湊人

    朱川湊人

    1963年1月7日生まれ。大阪府出身。出版社勤務をへて著述業。2002年「フクロウ男」でオール読物推理小説新人賞、2003年「白い部屋で月の歌を」で日本ホラー小説大賞短編賞、2005年大阪の少年を主人公にした短編集「花まんま」で直木賞を受賞。おもな作品に、『スズメの事ム所 駆け出し探偵と下町の怪人たち』『アンドロメダの猫』『無限のビィ』『冥の水底』『なごり歌』『かたみ歌』『サクラ秘密基地』『オルゴォル』『銀河に口笛』『いっぺんさん』『都市伝説セピア』などがある。

今日の1さつ

生きものに興味があり、つかまえると飼いたい!という息子。私の知識不足、体験不足で飼うに至らずにいたため、この本があれば、飼育にチャレンジできるかも!と思い、買いました。えさやりが難しくなったら元の場所に返そうなどのアドバイス、とても参考になりました。(5歳・お母さまより)

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