その日の夜、ロミはベッドの上に寝ころがって、ぼんやりと天井をながめていた。昼間のできごとが強烈過ぎて、なんだか疲れてしまったのだ。
「魔法使いって、ホントにいたんだなぁ」
リリィの顔を思いだしながら、そっとつぶやいてみると––––自分でいうのもへんだけど、ものすごくウソっぽく聞こえる。まるでマンガのセリフみたいだ。
けれど自分の目のまえで、リリィが不思議なことをしてみせたのはたしかだ。そのどれにもトリックがあるようには思えなかった。
だったら素直に信じればいいのに……とは思うけれど、自分の知識や常識からはずれすぎたことを、なかなか飲みこめないのがロミの性格。
そういえば小さいころ、バァバがママにいっていたことがある。
「この子は自分が納得しないと、先に進めないタイプなんだろうね。だからスピードはおそいかもしれないけど、きっと将来、頭がよくなるよ」
なにをするにもおそかったロミをママがなげいているのを聞いて、それに対する答えだったと思う。やっぱりバァバは自分のことを、よくわかってくれている。頭のいい子になったかどうかは、まぁ、さておき。
そう思ったところで、廊下をドタドタと走ってくる音がひびいて、部屋のまえで止まった。妹のチー坊だ。
「お姉ちゃん、ごはんだってぇ」
ドア越しにそんな声がしたかと思うと、すぐにドタドタと走る音が遠ざかっていく。小さいころからチー坊の移動の基本は“走る”だったけれど、3年生になっても治らない。元気なのはいいけど、そろそろやめさせないと、そのうち廊下に穴が開いてしまいそうだ。
「ごはん、ごはん……きょうのおかずはなんだろなー」
ベッドから起きあがって部屋を出ようとしたとき、机の上に置きっぱなしにしたうすいブルーのパスケースが目についた。ビニール製の二つ折りタイプで、ふつうは電車の定期なんかを入れて使うものだけれど、定期を持っていないロミは、塾の会員証や図書館の貸し出しカードを入れるのに使っていた。
それを手に取って広げると、ビニールの透明窓の上に、リリィの例のシールが貼りつけられている。なんでも、これをオデコのまえにかざして呪文をとなえれば、リリィが来てくれるのだという。本人は“大魔法使い召喚装置”と偉そうに言っていたけど、つまりは“リリィ呼び出しボタン”みたいなものらしい。
「でもね、いつもいつも行けるわけじゃないから、もしダメだったらカンベンしてね。こっちにも都合ってもんがあるからさ。あと、基本的に夜はダメだよ。わたし、一応は子どもだし」
そんな風にリリィはいっていたけれど、ずいぶんアバウトな呼び出し装置だ。
おばあちゃんの心の中をのぞかせてあげたあと、八木谷のおばさんは、おばあちゃんと二人きりになりたかったようなので、ロミたちは気をきかせて腰を上げた。家を出てポンちゃんにもあいさつしたあと、予定通りに図書館のほうに足をむけたのだけれど、そのときのミューちゃんの関心は、図書館よりもリリィだった。
「リリィちゃんは、どこから来たの? どこに住んでるの? 家族も魔法使いなの? きょうだい、いる? 学校は何小?」
歩きながらマシンガンみたいに質問してくるミューちゃんに、さすがのリリィも圧倒されてしまったのか、ただ口を金魚みたいにパクパクさせるばかりで、どの質問にもはっきりとは答えなかった。
「申し訳ありませんが、プライベートなことは、あまりお答えできません。あしからず」
ついには、そんなことをいって逃げだす始末。
「なによ、それ……教えてくれたっていいじゃない。わたし、興味津々なんだから」
「そういわれても、わたしにも気分ってもんがありますからねぇ」
あ、ナマイキ! とロミは思ったけれど、たしかにむりやり話させようとするのは、ちょっといただけないかも。
「じゃあ、1つだけ教えて」
リリィのつれなさにほっぺをふくらませているミューちゃんの顔をチラリと見て、ロミはたずねた。
「たしかリリィちゃんは、“ミコ・ミコぷろだくしょん”っていう会社を探してたよね。それは、どうして? そもそも、それってなんの会社なの?」
「1つだけっていったのに、質問が2つなのは不思議だけど……じつはわたしも、それで頼みたいことがあったのよ」
ウォッホンと咳ばらいをして、リリィがいった。
「じつは、わたしにも“ミコ・ミコぷろだくしょん”がどんなものなのか、よくわかんないの。知ってるのは、名前だけ……でも、たぶん会社じゃないと思う。だって坂江第二小学校の中に、会社なんかないよね?」
「まぁ、ふつうに考えたらね」
使わなくなった学校の校舎を借りて仕事をしている会社がある……というのを、まえにテレビのニュースで見たことがあったけど、そういうのともちがうんだろうな。
「じつは……その“ミコ・ミコぷろだくしょん”の人を探しだせば、わたしはホントの大魔法使いになれるらしいのよ。いまは3つしか魔法が使えなくってショボいけど、もっとすごい魔法が使えるようになるんだって」