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時間色のリリィ

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「もう……兄さんたちもわたしも、いくつだと思ってるの」

 いつもの明るい調子でいったけれど、おばさんは顔をクシャクシャにしていた。

「ごはんくらい、ちゃんと食べてるよ。タカちゃんもキミちゃんもわたしも、だれもお腹をすかせてはいないから……そんなこと、心配しないでいいから」

 まるで怒っているみたいに言うおばさんの目から、ぽろぽろと涙がこぼれた。

「お母さん、ホントに大丈夫だよ。だぁれも、お腹をすかせていないよ」 

 その言葉のあと、しばらくなにもいわなくなって、八木谷のおばさんはおばあちゃんとリリィの手をにぎったまま、ただ泣いていた。

 ロミはどうしていいかわからなくなって、ただミューちゃんと身を寄せあうばかりだった。

 大人が泣いているのを見るのは、どこかこわい気がしたけれど――いや、こわいというのとはちがう。こわかったら逃げたくなるはずなのに、なぜかロミは、そのおばさんの姿から目が離せなかったのだ。なんだか、目をそらしたり見ないようにすることのほうが、失礼な気がした。

「おばさん……おばあちゃん、また寝ちゃったみたいだね」

 しばらくして、リリィが小さな声でいう。

「そうだね。いつも、こんなふうなのよ。たくさん寝て、ちょっとだけ起きるの」

「じゃあ、もう手を離していい?」

「長いこと、ごめんね。ありがとう……ホントにありがとう」

 少しもったいなさそうに、おばさんはリリィの手から自分の手を離した。けれどリリィがおばあちゃんの手を離すと、交代するみたいに、おばさんがその手をにぎる。

 重大な仕事を終えたリリィは、どこかマジメな顔つきでロミたちの近くにやってきた。

「おばあちゃんの心の中、ちゃんとのぞけたの?」

 ミューちゃんの質問にうなずいたリリィだったけれど、その顔つきは、どこか納得していないようだった。

「あのおばあちゃん……タカヒロさんとキミヒロさんとヒサエさんが、ちゃんとごはんを食べたかどうかばかり、心配してた」

「えっ、そうなの?」

 できるだけ声を小さくするヒソヒソモードで、ミューちゃんはいった。

「おばあちゃんの中に、いろんな歳のヒサエさんたちがいてね。その顔を見ながら、ちゃんとごはん食べたの、お腹すいてないのって、聞いてばっかり。いまのおばさんは、ちゃんと大人なのにね」

 なんだか、へんな話だなぁ……と、ロミが思ったとき、ベッドの横にいた八木谷のおばさんが、湿り気のある声で教えてくれた。

「やっぱり、お姉ちゃんたちには、ピンと来ないかもしれないけどね。親っていうのは、自分の子どもがいくつになっても、お腹をすかせていないか、ちゃんとごはんを食べたのかって、心配しているもんなんだよ」

 そういえばママも、いつも自分やチー坊のお腹の減り具合を気にかけてるな……と、ロミは思った。たとえダイエットにチャレンジしているときでも、「これを食べてからダイエットしなさい」とかいって、なんだかんだで食べさせられてしまうけれど––––あれは、そういうことなんだ。

「考え方は人によってちがうんだけど、うちのお母さんは、子どもにごはんを食べさせるのが、親の一番の仕事だって思ってたんだね。わたしもそう思うよ……そんなお母さんがいて、わたしは幸せ者だ」

 そういいながら八木谷のおばさんは、おばあちゃんのオデコに貼ったシールを、そっとはがした。あいだにリリィがいなければ、不思議な力は出ないみたいだ。

「でも、ビックリしたねぇ。リリィちゃんの手に自分の手をのせたら、まるで頭の中にテレビがあるみたいに、子どものころや大人になってからの兄さんや自分が見えたんだもの。それも、すごくハッキリ……リリィちゃんが魔法使いだっていうのは、ホントなんだねぇ。魔法使いって、ホントにいたんだねぇ」

 八木谷のおばさんは、いつも以上に明るい声でいった。けれど、そのすぐあとに、また泣きはじめたから、きっと無理していたんだろう。

「すごいわねぇ、リリィちゃん……やっぱり本物の魔法使いなんだ」

 やっぱりヒソヒソモードでミューちゃんがいうと、リリィは例によって腕を組み、いつもの“いばりんぼポーズ”。

「ふふふ、いまからでも、リリィ様ってよんでいいよ」

「あ、それはけっこうです」

 ふざけた口ぶりでいったのに、ロミとミューちゃんの声はピッタリ重なって、またまた微妙にハモる。

「すっごーい! じつは双子なんじゃないの?」

 そういうとリリィは、両手の人差し指を同時に鳴らした。あたりまえのように例のシールが、両方の指先にあらわれる。

「なんだったら、おたがいの心の中をのぞいてみる?」

「うわー、絶対やだ、やだ」

 そういって頭をブンブンと振ったのは、ミューちゃんのほうだけだった。

(次回の更新は11月11日です)

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  • 朱川湊人

    朱川湊人

    1963年1月7日生まれ。大阪府出身。出版社勤務をへて著述業。2002年「フクロウ男」でオール読物推理小説新人賞、2003年「白い部屋で月の歌を」で日本ホラー小説大賞短編賞、2005年大阪の少年を主人公にした短編集「花まんま」で直木賞を受賞。おもな作品に、『スズメの事ム所 駆け出し探偵と下町の怪人たち』『アンドロメダの猫』『無限のビィ』『冥の水底』『なごり歌』『かたみ歌』『サクラ秘密基地』『オルゴォル』『銀河に口笛』『いっぺんさん』『都市伝説セピア』などがある。

今日の1さつ

おばあちゃんが、まじょになったり、ロケットやUFOにのったりしておもしろかったりすごかったりして、あとおばあちゃんがだちょうにのったりしてたのしい本でした。(7歳)

pickup

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