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時間色のリリィ

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 本当に大丈夫なんだろうか––––リリィの言葉を聞きながら、ロミは思った。

 リリィが魔法使いだということは、どうにか信じてもいいという気になっているけれど、それならそれでこまったことがある。おばあちゃんの心の中をのぞいて、八木谷のおばさんがガッカリしてしまうようなことにならないか……ということだ。 

 小学5年生ともなれば、人間がいつも楽しいことや、やさしいことばかり考えているわけじゃないということも、ロミにはわかっている。ママやパパにだって機嫌の悪いときはあるし、自分より小さいチー坊が、乱暴な言葉で人の悪口をいっていることだってある。もちろん自分だって、似たようなものだ。

 もしもベッドで寝ているおばあちゃんが、八木谷のおばさんを悲しくさせるようなこと考えているとしたら、ジュースのお礼どころじゃない。かなり責任重大だということを、リリィはわかってるだろうか。

「えぇっと、リリィちゃんだっけ? 本当に、そんなことができるの?」

 話が途中になっていた八木谷のおばさんが、どこか楽しそうな顔でいった。

「そんなの、かんたんよ。わたしにまかせて……あがっていい?」

「いいよ。ほら、お姉ちゃんたちも、おはいり」

「おじゃましまぁす」

 リリィに続いてロミもミューちゃんも、縁側で靴をぬいで家の中に入った。

 ピカピカにみがいてある木の廊下を横切ると、八畳くらいの和室になっていて、その真ん中には大きなベッドが置いてある。背中の部分が少し起こしてあって、そこにおばあちゃんが横になっていた。眠っているのかと思ったけど、ほんの少し目が開いているから、起きているのかもしれない。

「おばあちゃん、起きてるの?」

 ロミがたずねると、八木谷のおばさんは、じっくりと、おばあちゃんをながめたあとに答えた。

「だいじょうぶ、ちゃんと起きてるよ……ところでリリィちゃん、オデコになにをくっつけてるの?」

 自分のオデコにもくっついているのに、おばさんはおもしろそうに聞いた。「あなたのオデコにも、そいつがくっついていますよ。えぇ、とてもお似合いです」とロミは教えたくなったけれど、いまは言わない。

「これは魔法のシールだよ。これを使うと、心がつながるの」

 リリィは、いつもとちがう説明をした。“友だちになるシール”というより、少し大人むけっぽい。

「でもね……先にいっておくけど、おばあちゃん、もしかすると悪口とか文句とかで、心がいっぱいかもしれないよ。それでもいい?」

 リリィがストレートに聞くと、八木谷のおばさんは、なぜか楽しそうに答えた。

「あぁ、お母さんだったら、そういうこともあるかもしれないね。いっぺん頭に血がのぼったら、自分でも止められなくなるタイプだから……元気なときも、なにかにつけて怒ってたもんだよ」

 そこまでいって、おばさんは少しマジメな顔になる。

「でもね……リリィちゃんやお姉ちゃんたちにはピンと来ないかもしれないけど、いまはどんなことでも、お母さんの考えていることを知りたいって思うのよ。悪口とか文句だったら、逆に元気なころのお母さんらしくて、うれしくなっちゃうかも」

 そういいながら八木谷のおばさんは、うすい掛けぶとんの中に手を入れ、掘りだすようにおばあちゃんの小さな手を出し、そっとにぎった。おばさんの手は白くてふっくらしていて、おばあちゃんの手は枯葉みたいに茶色で、うすっぺらだった。

「おばさん、その手をわたしににぎらせて」

 リリィがいうと、おばさんは自分の手を離して、かわりにリリィににぎらせる。リリィはおばあちゃんの枕元に立つと、自分から顔を近づけて、その小さな手に軽くキスした。いきなりなので少しビックリしたけれど、きっと、それがリリィの尊敬のあらわし方なんだろう。

「じゃあ、やるね」

 リリィは左の人差し指の先についていたシールを、おばあちゃんのオデコに貼ろうと手をのばした。気がきくミューちゃんは、横からおばあちゃんの白い前髪をあげてあげる。

(ホントに大丈夫なんでしょうね)

 ロミはドキドキしながら見ていたけれど––––リリィがオデコにシールを貼った瞬間、おばあちゃんの目が少し大きく開いたのを見のがさなかった。

 それからリリィは30秒くらいだまっていたけれど、やがて不思議そうにたずねた。

「おばさん、タカヒロさんって、だれ? あと、キミヒロさんって人も知ってる?」

「タカヒロもキミヒロも、わたしのお兄さんだよ。タカヒロ兄さんは近くに住んでるけど、キミヒロ兄さんは仕事の都合で、大阪にいるんだよ」

「じゃあ、もしかしてヒサエさんって、おばさんのこと?」

「そう、久江はわたし……どうして、わかるの?」

 その質問に答えるまえに、リリィはロミとミューちゃんのほうを見て、ニッコリ笑った。たぶん、“だいじょうぶ”という合図だろう。

「おばさん、わたしとおばあちゃんの手の上に、自分の手をのせてみて」

 八木谷のおばさんは、どこかオドオドした感じでリリィの言葉どおりにした。

 そうして、1分ほどが過ぎて––––おばさんは、ため息をつくような声でつぶやいた。

「あぁ、お母さん」

 きっとシールの効き目が出たのだろう。どうやらいま、八木谷のおばさんは、自分のお母さんの心の中をのぞいているらしい。

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  • 朱川湊人

    朱川湊人

    1963年1月7日生まれ。大阪府出身。出版社勤務をへて著述業。2002年「フクロウ男」でオール読物推理小説新人賞、2003年「白い部屋で月の歌を」で日本ホラー小説大賞短編賞、2005年大阪の少年を主人公にした短編集「花まんま」で直木賞を受賞。おもな作品に、『スズメの事ム所 駆け出し探偵と下町の怪人たち』『アンドロメダの猫』『無限のビィ』『冥の水底』『なごり歌』『かたみ歌』『サクラ秘密基地』『オルゴォル』『銀河に口笛』『いっぺんさん』『都市伝説セピア』などがある。

今日の1さつ

子供が学校から借りてきました。私も(母)一緒に読んだところあまりにおもしろく、学校でも人気がありなかなか借りれませんので購入しています。今では私の方が読書が楽しくていろんな本を読んでいます。銭天堂様様です。(11歳・お母さまより)

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