(びっくりしたなぁ……ほんとにポンちゃんと話せるんだ)
八木谷さんの家の縁側でキャロットジュースを飲みながら、ロミは思った。
自分たちが2年生だったころの出来事を、出会ったばかりのリリィが知っているということは、ほんとにポンちゃんと話をしたとしか思えない。ふつうに考えれば、そういうことはあり得ないのだけれど、そうでなければ説明がつかないのだ。
「ねぇ、リリィちゃんは、どこに住んでいるの? この近く?」
リリィのむこうにすわっているミューちゃんが、ジュースのコップを手にしたままたずねた。けれどリリィはろくに聞いていないみたいに、ガブガブとジュースを飲んでいる。大きめのコップなのに、すぐに空っぽになってしまいそうないきおいだ。
「ぷはーっ、若さだよ、ヤマちゃん!」
一息に飲みほしたあと、リリィはニッコリ笑っていった。
「だれ? ヤマちゃんって」
「いや、だれなのかは知らないけど」
ロミが聞くと、自分でいったことなのに、リリィは首をかしげる。首をかしげたくなるのは、こっちのほうだ。
「こういうところが、よくわからないんだよね」
リリィの頭ごしにミューちゃんにいうと、部屋の中でおばあちゃんのお世話をしていた八木谷のおばさんが笑った。
「あんた、子どもなのに、よく知ってるねぇ」
「おばさん、知ってるの? ヤマちゃんって人」
「いや、それはわたしだって知らないけど……いまのは、ずっとむかしに流行ったビールのコマーシャルでしょ」
「ずっとむかしって、どのくらい? 戦争が終わったくらい?」
「こらっ」
ロミがあてずっぽうに聞いた言葉に、おばさんは眉をつりあげていった。
「お姉ちゃん、わたしをいくつだと思ってるの? さすがに戦争が終わって、ずいぶんたってから生まれたんだからね……いまのコマーシャルが流行ったのは、昭和の何年くらいだったかなぁ。わたしが中学生か高校生くらいのころよ」
そういわれても、ロミにはピンと来なかった。そもそも知りあったころから八木谷のおばさんは、いまと同じような“おばさん”だったのだから、中学生や高校生のころがあったというのが実感できない。
「戦争を知っているのは、こっちのおばあちゃんのほうよ。このおばあちゃんが子どものころに戦争が起こって、17歳くらいのときに終わったらしいから」
そういいながら八木谷のおばさんは、部屋の真ん中に置いたベッドの中で横になっているおばあちゃんの白い髪をなでながらいった。
このおばあちゃんは、おばさんのお母さんだ。
ロミたちが幼稚園のころは自分の脚で歩いたり、ふつうに話もできたのだけれど、ここ何年かのうちに体が弱くなってしまって、いまはずっとベッドの中にいる。おばさんの話によると、ときどきは目をあけて話をすることもあるらしいのだけれど、ほとんどは眠ってばかりいるらしい。きょうもロミたちが縁側に座ってから、ずっと目を閉じたままだ。けっこう大きな声でしゃべっているのに、うるさそうに顔をしかめたりもしない。
「まだ子どものあんたたちにはピンと来ないかもしれないけどね、歳の取り方は、人それぞれなんだよ。お母さんはいま90歳だけど、同じ歳でもピンピンしてる人もいるし、お母さんより早く弱ってしまう人もいるの。正直にいうと、お母さんがこんなふうに弱っちゃうとは思わなかったけどね……若いときは、すごく元気だったから」
八木谷のおばさんは、どこかしんみりした口ぶりでいった。おばさんがそんな話をするのを、いままで一度も聞いたことはなかったけれど––––それはオデコに貼りっぱなしになったリリィのシールの効果なのかもしれないし、もしかするとロミやミューちゃんが、むかしよりは大きくなったと認めてくれているからかもしれない。
「いま、おばあちゃんは眠ってばかりよ。起きてても話ができなくなってるから、どんなことを考えているのかも、ちっともわからないの。楽しい夢でも見ていれば、いいんだけどね」
そういいながら八木谷のおばさんは、おばあちゃんの乾いた唇を、ぬらしたガーゼでふいてあげた。
(かわいそうだなぁ)
そのようすを見ながら、ロミは思った。
おばあちゃんは生きているのに、話をすることさえできなくなっているなんて––––バァバやママがそうなってしまったら、きっと自分も悲しくなるにちがいない。