「ね、魔法使いだったら、ほかにもなにかできるでしょ……そうだ、ほうきに乗って空を飛ぶとか」
とにかくミューちゃんは、リリィが魔法使いだというハッキリした証拠が見たいらしい。
「ほうきに乗るのは、ちょっと苦手かな」
すっぱいものを食べたときみたいな顔のまま、リリィは答えた。
「じゃあ、なにか出してみてよ。すごく大きいケーキとか」
「お姉さん、ちょっと考えてからいってちょうだい。魔法でものが出せるんだったら、お金が出てくるガマグチはいらないでしょ」
リリィに冷静に切りかえされて、ミューちゃんは「ぐっ」と言葉をつまらせた。
「そうだ、パッと消えるのは、どう? きのうもやったでしょ」
ロミが口をはさむ。
「きのうだって、べつに消えたわけじゃないんだけど」
そういいながらリリィは、なぜか空を見上げて、ぐるりと首をまわした。
「どうして空なんか見てるの」
「わたし、消えたりはできないんだけど……あっ、ダメだ。ちょっと見せられない。あー、残念」
「どういうことよ」
「ほら、そこにカラスがいるでしょ」
リリィの指さしたのは、近くにある5階建てのマンションの屋上だった。そこにある給水タンクの近くに、1羽のカラスがとまっているのが見える。
「じつはね……きのうは消えたんじゃなくて、ロミちゃんがよそ見したときに、すばやく小鳥に変身したの。それで、近くの茂みに逃げこんだだけなのよ。はっはっはっ、わたしのすばやい動きに、だまされおったな。ミニバスできたえたっていう動体視力も、わたしには通じないってことね」
リリィは両手を腰に当て、身をゆすって笑った。
「いや、ふつうは人間が小鳥になるなんて思わないから……でも、それって消えるより、すごいんじゃないの」
「うん、ずっとすごいよ。1回でいいから、見せて見せて」
ロミの言葉に何度もうなづき、ミューちゃんは鼻息を荒くしていった。もちろん、それが本当だったら、ロミだって見たい。
「だから、いまはダメなんだって。じつは一度、小鳥になって飛んでたら、いきなりカラスにおそわれちゃって……あのときは、ほんとに死んじゃうかと思ったわ。あいつら、こわいのよ」
ロミとミューちゃんは顔を見あわせた。
「いま、変身なんかしたら、あそこにいるヤツがおそってくるでしょ。だから無理なの」
なんとなく筋は通っているような気もするけれど、適当なことをいってごまかしているんじゃないか……と思えてならない。
「小鳥以外のものには、なれないの?」
不思議なものが見たくて仕方がないらしいミューちゃんは、なおも食いさがる。
「残念ながら、いまのところは、ちょっとムリですねぇ」
ほんとはあまり悪いとも思ってないような口調で、リリィは答えた。
「じゃあ、なんならできるのよ。いまのままだったら、とても大魔法使いだなんて信じられないわ」
さすがにイラついたロミの声は、つい大きくなってしまう。
「また、そういうかみつきそうな言い方、するんだからぁ……リリィ、こわ―い」
両掌を左右のほっぺに当てがって、リリィは身をゆすっていった。もちろん、ほんとにこわがっているようには見えない。
「ミューちゃん、やっぱりウソだよ……魔法使いなんて、ほんとにいるはずないもの」
いいかげん、つきあいきれなくなってきて、ロミはいった。
「うーん、残念。ほんとに魔法使いがいたら、おもしろかったんだけどなぁ」
さすがのミューちゃんも、信じられなくなってきたみたいだ。やっぱり“論より証拠”で、言葉だけをいくらならべられてもね。
「もういいから、ポンちゃんのところに行こうよ」
ロミがそういったとき––––うしろで再び、密林のあやしい鳥の絶叫のような音がした。振りむくと、さっき行ったばかりの八木谷のおばさんが自転車にまたがったまま、息を切らしている。もちろん、おでこに例のシールを貼ったままだ。
「おばさん、どうしたの……そんなに急いで。なにか忘れ物?」
ミューちゃんがたずねると、おばさんは肩を上下させながら答えた。
「そういえば冷蔵庫に、おいしいジュースがあったのを思いだしてね。どういうわけか、その子とお姉ちゃんたちに、飲ませてあげたくなっちゃって」
「えっ、そのためにもどってきたの?」
ロミは思わず目を丸くした。たしかに八木谷のおばさんはやさしい人だけれど、なにもそこまでしなくっても。
「とってもおいしいジュースでねぇ。それに、体にもいいんだよ……用意して待ってるから、みんなでおいで」
「はーい、すぐに行きまーす」
おばさんの言葉に、ミューちゃんといっしょにロミは答えた。そういわれたら、リリィをおいて行くわけにはいかない。
(もしかすると、あのシールの効き目なのかな)