icon_twitter_01 icon_facebook_01 icon_youtube_01 icon_hatena_01 icon_line_01 icon_pocket_01 icon_arrow_01_r

時間色のリリィ

3

 次の日、ロミは2時間目の授業中に、思わず笑ってしまった。園内くんの世にもなさけない顔を、ふと思いだしてしまったからだ。

「御子柴さん、なにをそんなに楽しそうな顔をしてるの~?」

 その笑いを担任の有働先生が目ざとく見つけて、わざわざ注意してくる。

「ニコニコしてるけど、いいことでもあった~?」

 ロミはあわてて口を一文字に結び、背筋をのばして答えた。

「いえ、笑ってません。べつに楽しくもないですし」

「えっ、それはわたしの授業が楽しくないってこと? 超ショック~」

 ロミの答えに、有働先生は目を大きくしていった。ママより少し若いくらいの歳らしいけれど、そのリアクションは妙に女子高校生っぽい。

「ちがいますよ、そういう意味じゃないです」

 どこまで本気なのかわからないけど、ときどき有働先生は、こんなピントはずれな絡み方をしてくる。正直なところ、大人なのにめんどうくさい。

「まぁ、思い出し笑いもいいけど、集中してね~。ここ、大事なところだから~」

 そう言って先生は授業にもどったけれど、やっぱりロミは「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ」とさけんだ瞬間の園内くんの顔を頭から追いだせなくて、なかなか集中できなかった。

(他人のあぁいう顔って、なかなか見られるものじゃないわよね)

 特にイケメンで頭のいい園内くんが、あんな人格が崩壊したような顔をするとは思わなかった。もちろん自分だって、あの女の子の姿がいきなり見えなくなったのにはおどろいたけど、あんな顔はしなかったと思う。

 それにしても、あのリリィという子は何者だったのだろう。

 本当に大魔法使いなのか、それともオバケなのか––––どちらにしても、実際にはいないはずの存在だ。

 あのあと、逃げだした園内くんを追いかけてつかまえ、落ちつくのを待って聞いた話によると、なんでもきのう、彼が通っている西木塚小学校の門の近くで、いきなり声をかけられたらしい。それで目にも止まらぬ早業でおでこに例のシールを貼られたとたん、急にあの子をあやしく思うような気持ちがなくなって、ごくふつうに話したのだという。

「それで聞かれたんだよ……“ミコ・ミコぷろだくしょん”の人を知らないかって」

 落ちつきを取りもどした園内くんは、いつもどおりの冷静な口ぶりでいったけれど、謎に満ちている割には、ほんわかした名前だ。

「もちろん知らないって答えたんだけど、なんだか、あの子が気の毒になっちゃってさ。一生懸命に頭をひねってたら、御子柴さんのことを思いだしたんだよ。たしかだれかに、ミコミコって呼ばれてたなって」

 それこそ例のシールの効き目なのかもしれないけど、頭をひねらなくっちゃ自分のことを思いださなかったというところが、ロミには気に入らなかった。

「それを教えたら、あの子が『こうなったら当たってくだけろよ。どうにかして呼んできて』っていってさ。それでキミの家を探して、訪ねていったってわけ」

「なるほどね……でも、それだとくだけるのは園内くんだけだよね。あの子は公園で待ってただけなんだから」

 そういうと園内くんは、「あっ」と小さくつぶやいた。もしかすると、初めて気づいたんだろうか。

 その後、あのリリィという女の子の正体をいっしょになって考えてみたが、どうも園内くんは思いだすのもこわいらしく、特に答えが出ないままに『じゃらりん堂』の近くで別れた。なんだか肩すかしを食ったような気がしたけれど、不思議な体験ができたのだから、それで良しとするべきかもしれない。

 けれどロミは、その体験をママにも話さなかった。

 帰ってきた自分を興味津々の目で見ているのがわかったから、気おくれして話を切りだすタイミングを失ってしまったのだ。だから「なんの用事だったの?」と聞いてきたママには、ただ「塾の宿題のことだった」とだけ答えておいた。もし胸がドキドキするような出来事があったとしても、きっと自分はそんなふうに答えていただろうけど。

(まぁ、あの子がいなくなったときだって、胸はドキドキしたけどね)

 そんなふうに思ったとき、チャイムが鳴って授業が終わった。

「ロミ、いきなり目立っちゃったね」

 一番窓際の席からロミのところにやってきたのは、親友のミューちゃんだ。

「本当は、なにか思い出し笑いしてたんでしょ?」

「うん……じつは前に見たお笑い番組のことを思いだしちゃってさ」

 細かい説明をはぶくためにロミは小さなうそをついた。そもそもちがう小学校の男の子の話なんか、とてもミューちゃんにはできない。

「そういえばロミは、むかしからへんなタイミングで笑うことが多かったからね」

「そうかなぁ」

「そうだよ。ほら、幼稚園のときもさ……」

「うわっ、そんな大むかしの話、カンベンして」

 思わずロミはミューちゃんの腕をかるくたたいて、話を止める。

 ミューちゃんは、本当は美羽という名前だ。もちろん、むかしから“みうちゃん”と呼んでいるつもりなのだけど、少し早口で呼ぶときには“ミューちゃん”になってしまって、いつのまにか、そっちが定着してしまった。なんとなくかわいいので、字で書くときも“ミューちゃん”だ。

 ミューちゃんは幼稚園からいっしょの友だちで、親友といってもいい。

 小学校でも1、2年のときは同じクラスだったし、3、4年のときには別のクラスになって少しさびしかったけれど、同じタイミングで地域のミニバスケットボールのチームに入ったので、いっしょに過ごす時間はあまり変わらなかった。そして5年でまた同じクラスになったから、二年ごとにクラス替えをするロミの学校では、何事もなければ6年になっても同じクラスで過ごせるはずだ。

1 2

バックナンバー

profile

  • 朱川湊人

    朱川湊人

    1963年1月7日生まれ。大阪府出身。出版社勤務をへて著述業。2002年「フクロウ男」でオール読物推理小説新人賞、2003年「白い部屋で月の歌を」で日本ホラー小説大賞短編賞、2005年大阪の少年を主人公にした短編集「花まんま」で直木賞を受賞。おもな作品に、『スズメの事ム所 駆け出し探偵と下町の怪人たち』『アンドロメダの猫』『無限のビィ』『冥の水底』『なごり歌』『かたみ歌』『サクラ秘密基地』『オルゴォル』『銀河に口笛』『いっぺんさん』『都市伝説セピア』などがある。

今日の1さつ

小学校で絵本読み聞かせをしています。「いじめ」の本当にあったお話、よみはじめるとシーンとなり、悲しそうな顔になります。作者の思いがそのまま大勢の子どもたちにひびきます。このほんを知って書店に注文しました。(60代)

pickup

new!新しい記事を読む