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放課後の読書クラブ

第4回 伝記を読む 後編

「仏教」という高い山

「読むこと」をテーマに、自身の読書体験、おすすめの本などについて、作家・小手鞠るいさんが語ります。

 去年、日本に帰国したとき(私はアメリカ在住です)高野山を訪ねた。高野山は、和歌山県の北部にある標高800メートルほどの平らな土地で、そのまわりを1,000メートル級の山々に取りかこまれている。

 「宿坊」と呼ばれているお寺に泊まって、朝、夕、精進料理をいただいた。精進料理というのは、仏教の教えにもとづいて、肉、魚など、命あるものをいっさい使わず、野菜類だけでつくられた料理である。

 急な斜面をゆっくりと登っていくケーブルカーに揺られて、高野山にたどり着いたとき「よく、こんな険しい山奥の土地に町をつくり、こんなにたくさんのお寺を築いたものだ」と感心した。

 町を歩いていると、いたるところにお坊さんがいる。宿坊で働いているのも全員、お坊さんである。まだ10代にしか見えない、とてもかわいい若いお坊さんもいる。それもそのはず、高野山は、平安時代に、空海──のちの弘法大師──によって開かれた、仏教の修行のための道場だからである。

 世界遺産にも指定されている金剛峯寺を訪ねて、お坊さんから説法を聞いた。

 お坊さんの話によると、
「お大師さま(空海のこと)は、今もこのお寺にいらっしゃいます。亡くなったわけではありません」
とのことだった。

 そうか、空海は死んではいないのかと、私は素直に信じたくなった。常識では考えられないことだけれど、高野山にいるときにはなんとなく、信じられるような気もしていたから、やはり空海は偉大な人なんだなと、このエッセイを書きながら思っている。

 「お大師さまにお手紙を書いて下さい。必ず読んで下さいます」

 そうすすめられて、手紙を書いた。

 あの手紙は今ごろ、弘法大師のもとに、届いているだろうか。

 そんな経験をしたばかりだったので、ジョン万次郎の伝記を読んだあと、同じ「波乱に満ちておもしろい! ストーリーで楽しむ伝記」シリーズの①『空海』(那須田 淳 著)を読んでみた。

 この伝記は、空海がまだ空海になる前、真魚(まお)という名前の少年時代の話を中心にして描かれている。

 幼いころはやんちゃで、活発で、遊ぶことだけに熱心だった真魚少年は、あるできごとをきっかけにして(それはここには書きません。読んだときのお楽しみ!)、猛烈な勢いで勉強を始める。唐(現在の中国)のことばを学び、さまざまな書物をひもといて、仏教思想に興味を抱くようになる。

 賢くて、記憶力もすぐれていた真魚は、優秀な成績をおさめて、今でいう大学へ進むことになった。当時、大学を卒業した人は、役人になるか、儒教の学者になるか、だいたいはそのどちらかだった。真魚は、どちらにもなりたくない。かねてから興味を抱いている仏教の道へ進みたい、と思うようになっていた。

 学者になって自分のあとを継いでもらいたいと願っていた伯父さんは、そのことを知って驚き、真魚に詰めよる。

「大学寮での学問と仏教をいっしょにするな」
「えっ?」
「仏教は短い学生の間にとうたつできるような低い山ではない」
 大学の勉強は習得をすれば評価される。
 けれども仏教は覚えればよいというものではないという。
 それこそしょうがいかけてかいだんを少しずつのぼるようにさとりの道へと進むものだ。
こうそうと呼ばれるけんじゃたちであっても、そうやってにょらいになれたものが世界に何人いると思うのだ。目を覚ませ」
「そうかもしれませんが……」
 は、仏教が国を救うひとつの道標になるだろうと思っていた。
じゅきょうも大事だけれど、もっとそのこんげんにあるものが仏教だと思うのです。それを求めたいのです」

 このとき真魚は19歳。

 まさに、自分の将来を決める分かれ道の前に立っていたと言えるだろう。役人という安定した仕事について、結婚して子どもをもうけて家庭をつくる、という道と、登っても登っても、頂上にたどり着けるかどうかもわからない、仏教の修行の道。このふたつの道の前に立って、後者を選んだということである。

 あなたも私も、人間ならだれでも一生のあいだに1度か2度、あるいは何度も、このような分かれ道の前に立つことがある。

 私は高3のとき、郷里の岡山大学の教育学部に進んで学校の先生になる、という道と、郷里を出て京都で暮らしながら小説家を目指す、という分かれ道の前に立って、後者を選んだ。小説家になるまでには、そこから何十年もかかったし、とても大変な道だったけれど、後悔はしていない。

 36歳のときには、アメリカに移住するか、日本に残るか、ふたつの道の前に立って迷った。このときは前者を選んで、かなり苦労したけれど、やはり後悔はしていない。

 空海の道のりも、決して順風満帆ではなかった。

 仏教という高い山を目指して、本格的な修行の道に入り、31歳のときには、遣唐使の一員として唐に渡り、20年だった留学期間を2年で終了して日本に帰国したものの、親しかった天皇が亡くなったあとだったために、地方に追いやられて、思うような仕事もできないままでいた。しかしながら、その後の活躍と業績は、1,000年以上が過ぎた今でも、日本史のなかで、そして、私たちの胸のなかで輝きつづけている。

 どちらを選ぶかが問題なのではなくて、選んだ道を信じて、そのあとにどれだけの努力を重ねていくかが大切なのだと私は思う。結果ではなくて、そこに至るまでの過程こそが大事なのだと。これが私にとっての「空海の教え」である。

 『生き方が変わる! 空海 黄金の言葉』(宮下 真 著/名取芳彦 監修)のなかに、こんなことばが紹介されている。

 いっしんくうはもとよりこのかたじょうじゅうにしてそんげんなり。

 私たちの心が迷ったり、悩んだりしていても、仏教や悟りや修行というものは、そういうことからははるかに高いところにあって、損なわれることも、減ることもない。つまり空海は「逃げるのはいつも自分であり、あなた自身が夢の前から去って行くだけなのです」(本書からの引用)と語っているのである。

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profile

  • 小手鞠るい

    小手鞠るい

    1956年岡山県生まれ。同志社大学卒業。小説家。詩とメルヘン賞、海燕新人文学賞、島清恋愛文学賞、ボローニャ国際児童図書賞などを受賞。2019年には『ある晴れた夏の朝』(偕成社)で、子どもの本研究会第3回作品賞、小学館児童出版文化賞を受賞。主な作品に『エンキョリレンアイ』『きみの声を聞かせて』『アップルソング』『思春期』『初恋まねき猫』『放課後の文章教室』『空から森が降ってくる』など多数。1992年に渡米、ニューヨーク州ウッドストック在住。

今日の1さつ

何気ない当たり前の小さな世界が文字通り波紋となって宇宙の景色とリンクしていく様に心がギュッと熱くなりました。夏の夜に耳をすませながらページをめくりたくなるそんな一冊です。(24歳)

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