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放課後の読書クラブ

第4回 伝記を読む 前編

「初めて」という体験

「読むこと」をテーマに、自身の読書体験、おすすめの本などについて、作家・小手鞠るいさんが語ります。

 若いということは、それだけですばらしい。

 10代にもどりたい。青春時代にもどりたい。あのころにもどりたい。

 なんてことを、生まれてこのかた、私は一度も思ったことがない。

 若いということは、未熟で無知で無謀で、つらくて、苦しいことだと思っている。学校も勉強もきらいだったから、10代にも青春時代にももどりたくない。昔の友だちに会いたいと思ったこともない。だから同窓会へも行かない。若い人がうらやましいと思うこともない。とにかく今(64歳です)がいちばんいい。

 けれどもつい最近『ジョン万次郎──波乱に満ちておもしろい! ストーリーで楽しむ伝記④』(金原瑞人 著)を読んで、ひねくれた考えを少しだけ改めることにした。つまり、若さにはいいところがあると、素直に思った。

 ジョン万次郎は、日本人として初めて、アメリカ合衆国の土地を踏んだ若者である。

 生まれは1827年。日本はまだ鎖国中の江戸時代の末期。土佐藩、現在の高知県の貧しい漁師の息子として生まれた万次郎は「士農工商」という身分制度に縛られていて、漁師になるしか道はなかった。

 ある年の1月、嵐で漁船が遭難し、仲間たちとともに無人島に流れついたものの、食料も水も尽きてしまい、餓死寸前の状態にあったとき、通りかかったアメリカの捕鯨船に救助され、アメリカ人船長の養子になって、アメリカに渡る──。

 万次郎はこのとき、14歳。

おれはホイットフィールド船長のいきなりの提案に、ちょっとひるんだが、すぐにわくわくしてきた。船長とふたりで初めて大きな地図をみたときのことを思い出した。地図(マップ)をみながら、船長がていねいに説明をしてくれたとき、おれの頭のなかに初めて、「世界」という言葉が飛びこんできた。そんなものがあるのかと思って、びっくりした。世界のなかに、アメリカがあって、中国があって、日本がある。そんなにでっかいものが、本当にあるんだろうか。とにかく、わからないまま、世界という言葉が頭のなかに住みつくようになった。そして、日に日にそれが大きくなっていった。おれは世界のなかに住んでいるのに、おれの頭のなかに世界がある。なんなんだ、世界って。

 世界を見てみたい。

 これが、日本語の読み書きすらできない万次郎がアメリカ人船長の養子になって、アメリカへ渡ってみようと決意した動機である。

 若さって無謀だなとつくづく思う。同時に「初めて地図を見る」「初めて『世界』という言葉を知る」という体験は、若さならではのものだなと思う。

 若さは「初めて」に満ちている。もちろんその「初めて」は、すばらしいだけのものではないにしても。

 『ジョン万次郎 海を渡ったサムライ魂』(マーギー・ブロイス 著/金原瑞人 訳)には、無人島から救出された万次郎が、初めて、アメリカ人乗組員たちを目にしたときの心情が生き生きと描かれている。

異国の人たちは肌の色がまちまちだ! 風雨にさらされ色の抜けた材木のような色だったり、白い砂のような色だったり、稲わらのような色だったり。ひとりは炭のようにまっ黒だ! そしてさまざまな髪の色は色づいた木の葉のようだ。黄色、赤、茶色。肌のまっ黒な男の頭にはかたい結び目がびっしり生えている。まぶしい金色のすだれでおおわれているような頭もある! どの男も陽に焼けて皮膚ががさがさしている。どの顔にもしわが刻まれ、あかまみれだ。そして、全員、体が大きかった。ものすごく大きい。

 私が初めてアメリカ大陸の地を踏んだのは、万次郎よりも約150年後の1992年。

 成田からロサンジェルスへ飛び、西海岸を旅行したあと、国内飛行機で東海岸へ向かった。万次郎が体験したことを、私もロスの空港で体験した。

 ジャーマンシェパートを連れて、空港内を闊歩していた警察官の体が「なんて大きいんだろう!」と、私もびっくりした。なんていろんな人種の人たちがいるのだろうと、目を白黒させていたのもなつかしい記憶だ。

 初めて乗ったタクシーのなかで、ガーナからの移民だという運転手に、
「あなたはなぜ、アメリカに移住したのですか?」
とたずねたとき、
「なぜならこの国には、だれにでも平等にオポチュニティ(機会・可能性)が与えられているからだ」
そんな答えが返ってきたことも、強く記憶に残っている。

 ここまで書き進めてきて、はたと気づいた。

 私が渡米したのは36歳のときだった。

 ということは「初めて」という体験は、若者だけの特権だとは限らないではないか。つまり若さとは、年齢だけで計れるものではない。

 やっぱり、若さを手放しで称賛するのはやめよう。「初めて」という体験は何歳になっても訪れる。ただ、私がそのことを忘れていただけだ。ジョン万次郎が私に「あなたも若いんだよ」と、教えてくれた気がする。

 ところで、先に紹介した2冊の本の著者と翻訳者の名前に注目していただきたい。

 金原瑞人さんは、海外の児童文学を翻訳して日本に紹介している翻訳家である。これまでに出版された、金原さんの訳による作品の数は、なんと500冊を超えている。あなたの本棚の中にも「金原瑞人訳」の外国文学の本が並んでいるのではないだろうか。

 金原さんが訳してくれなかったら、読むことのできなかった作品というものが無数にある。江戸時代から明治時代にかけて、ジョン万次郎が伝えてくれなかったら知ることのできなかった、アメリカや英語があったように。

 限られた時間を生きている私たち人間は、生まれてから死ぬまでに、世界の国々をすべて見ることはできない。けれども、本を読むことで、読むという体験によって、私たちは世界を、少なくともその一部を、知ることができる。そうして、私たちの体験できなかった過去と、その過去を生きた無謀な若者や偉大な人物を知ることもできる。

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profile

  • 小手鞠るい

    小手鞠るい

    1956年岡山県生まれ。同志社大学卒業。小説家。詩とメルヘン賞、海燕新人文学賞、島清恋愛文学賞、ボローニャ国際児童図書賞などを受賞。2019年には『ある晴れた夏の朝』(偕成社)で、子どもの本研究会第3回作品賞、小学館児童出版文化賞を受賞。主な作品に『エンキョリレンアイ』『きみの声を聞かせて』『アップルソング』『思春期』『初恋まねき猫』『放課後の文章教室』『空から森が降ってくる』など多数。1992年に渡米、ニューヨーク州ウッドストック在住。

今日の1さつ

NHKラジオ深夜便に、3月、田島征三氏が出演したトークの内容に感銘を受けたため。最後に本人がこの本を朗読した。久しぶりに清々しい気持ちを味わうことが出来ました。少し長生き出来そうです。絵がスバラシイ‼ (読者の方より)

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