「読むこと」をテーマに、自身の読書体験、おすすめの本などについて、作家・小手鞠るいさんが語ります。
『金閣寺』を読みはじめると、わたしはたちまち、インドへ連れていかれる。
ガッタン、ガッタンと、左右に大きく揺れながら、ゆっくりと走りつづける列車の振動が身の内によみがえってくる。あれから、30年以上も過ぎているというのに。
そうして、その揺れのなかから、ひとすじの煙のように、三島由紀夫に初めて出会った日の衝撃が立ちのぼってくる。
わたしはそのとき、中学3年生だった。
町へ出るとかならず立ちよっていた、表町商店街の一角にあった本屋さん。「細謹舎」という名前だった。
その店頭がある日、燃えあがるような赤一色に染まっていた。
三島由紀夫の自決後、既刊のすべての文庫本にまっ赤なカバーがかけられて、店頭に並べられていたのだった。わたしの目にその「赤」は、血の色の象徴のように映った。つまり、三島由紀夫の流した血の色のように。
なけなしのおこづかいをはたいて、赤い文庫本を買いもとめ、読みあさった。
岡山の田舎町の中学生の女の子に、はたして、三島由紀夫の作品がどこまで読みこなせていたか、はなはだ疑問ではあるけれど、この「出会い」はわたしにとって、非常に大きなものだったことだけは確かだ。
ひとりの作家に打ちのめされる。
しかも、心のやわらかい10代のころに。
これは、何ものにも代えがたい、貴重な体験ではないかと、わたしは思っている。
他の作家の追随を許さない世界観。
流麗な文章の、氷のようにつめたく、ぞっとするほどの美しさ。
作品は読みこなせていなくても、中学生だったわたしの心の深い部分に、三島由紀夫は蛇のように、忍びこんできていたのではないかと思う。そしてそのまま、とぐろを巻いて、今もわたしの心のなかに陣取っているに違いない。
そのような「蛇」をいまだに体内に抱えこんでいるからこそ、わたしは今もこうして小説を書き、文章を書く仕事に魅了されつづけているのだと思う。
長編小説だけではなくて、短編もすばらしい。
若い読者には『花ざかりの森・憂国』や『鍵のかかる部屋』をおすすめする。
前者は、三島由紀夫自身が選んで編んだ短編集。
後者には、三島由紀夫が10代のころに書いた作品も収録されている。
わたしは今朝、『鍵のかかる部屋』の最後の1編「蘭陵王」を読みかえして、全文をノートに書きうつしたくなるほどの感応を覚えた。まさに、しびれる、という感覚。
これは、彼が亡くなる前の年に書かれた、人生最後の短編小説である。
その最後の3段落は、このように結ばれている。
君は見たか、と私は問うた。
いや、見たことがない、幽霊を見れば一人前だと言われているが、まだ見たことがない、とSは答えた。
しばらくしてSは卒然と私に、もしあなたの考える敵と自分の考える敵とが違っているとわかったら、そのときは戦わない、と言った。
このラストを読んだら、わたしはまた冒頭にもどって、この短編を読みかえさずにはいられなくなる。Sの吹いた笛の音を聴きたくなる。言いかえると、文字で笛を吹いて読ませる三島由紀夫の美しいペテンに、何度でも引っかかってしまいたくなる。
三島由紀夫なんて、難しすぎる。私には、僕には無理……と、食べずぎらいを決めこんでいるあなたには、『三島由紀夫レター教室』をおすすめする。
『仮面の告白』や『金閣寺』を書いた作家がこんなファニーな作品も書いていたのか、と、あなたは驚くかもしれない。なにしろ、登場人物は、氷ママ子、山トビ夫、空ミツ子、炎タケル、丸トラ一の5人で、三島由紀夫自身の紹介文によると「五人はそれぞれの生活において、泣いたり笑ったり、恋したりフラレたり、金を借りたり断られたり、また一方では、ネコをかぶってお上品な社交的な手紙を書いたり、また、お互い同士で、憎み合ったり、あざけり合ったり、人からきた恋文を見せ合ったり、千変万化の働きをします」というのだから。
本作を読みおえたあとには、スマートな手紙の書き方がマスターできている(かもしれません)というお得なおまけ付き。レター教室の最後には「作者から読者への手紙」と題された、三島由紀夫からわたしたちへの手紙が添えられている。
その最後の1段落をご紹介しよう。
世の中の人間は、みんな自分勝手の目的へ向かって邁進しており、他人に関心を持つのはよほど例外的だ、とわかったときに、はじめてあなたの書く手紙にはいきいきとした力がそなわり、人の心をゆすぶる手紙が書けるようになるのです。
わたしはいつだって、これは「わたし=小手鞠るい」に宛てて書かれた、三島由紀夫からの手紙ではないかと思ってしまう。かれこれ50年以上も、この作家にハマったまま、抜けられないでいる。どんなに有名な作家でも、10代のころに出会った読者が一生、自分の友だちでいることを、偉大な作家は許してくれるのである。