「読むこと」をテーマに、自身の読書体験、おすすめの本などについて、作家・小手鞠るいさんが語ります。
これまで、数えきれないほど多くの国へ旅をしてきたけれど、わたしはそれほど旅行が好きではない。どちらかと言えば、苦手な方である。
それでも年に最低でも2度、海外旅行をする。
1回は、アメリカの自宅から日本へ。日本へ一時帰国するのはわたしにとって「海外」旅行なのである。
もう1回、雪の季節になると、どこかあたたかい国へ行く。これは、避寒旅行。何しろわたしの住んでいる村は、12月から4月の終わりくらいまで、雪に閉じこめられてしまう。途中で一度くらい、冬からの休憩をしたくなる。だからたいてい、中南米へ行く。
苦手なのに旅をするのは、なぜなのか。
それは、旅からもどってきたときの喜びを味わいたいから。
旅は楽しかった。でも、やっぱり自分の家がいちばんいい。ああ、帰ってきてよかった。当面のあいだ、どこへも行きたくない。これがわたしにとっての旅の喜び。
だから、新型コロナウィルスのせいで海外旅行へ行けなくなっても、なんら不満はない(夫は根っからの旅行好きなので、ぶつぶつ文句ばかり言っていますが)。ウィルスが消えるまではどこへも行かなくてもいいのかと思うと、うれしいくらい。
車で2時間半以上もかけて空港まで行き、そこからまた飛行機に乗って、長い苦しいフライトに耐えて外国へ行かなくても、わたしには「ひじかけ椅子」がある。ひじかけ椅子に乗れば、快適な自宅にいながらにして、世界旅行に出かけられる。
アームチェア・トラベラー。
ひじかけ椅子に座ったまま、つまり、自室にいながら、ガイドブックや観光案内のパンフレットや動画などを見て、旅行気分を味わう人、という意味のことばである。
わたしの場合には本だ。
快適なひじかけ椅子にゆったりと身をあずけて、お気に入りの本を開けば、しんどい思いをしなくても好きなところへ、いつでも自由に好きなだけ、出かけることができる。お金もかからない。こんなお得な旅はない。
さっそく出かけてみよう。
まずは、近場から。
『ニューヨーク散歩 街道をゆく39』────旅の案内人は、司馬遼󠄁太郎さん。
ニューヨークに着いて早々、マンハッタン島の北端のインウッド・ヒルズの自然公園に行ったことは、すでにのべた。
マンハッタン島の岬が二つの美しい入江をつくっていて、コロンビア大学のボート部の艇庫があった。
水が湖のようにしずかで、カモメがこのあたりまでのぼってきていた。
水鳥も多く、老婦人がパン屑をなげていて、英国の水彩画のような景色だった。
同じニューヨークシティを『旅ドロップ』(小学館)の著者、江國香織さんはこう書く。
ニューヨークには、いつも朝早くに着く。空港からおもてに一歩でたときの、冬なら冬のひきしまった、夏なら夏のまぶしい、朝の空気を吸い込むときのうれしさは格別で、タクシーでマンハッタンに入り、ホテルに荷物を預けてもまだ午前十時前で、多くの店も美術館もあいていないその時間に、私は決って一軒のパブに行く。そこはあいているのだ。(後略)
ひじかけ椅子に乗ったまま、ニューヨークからひとっ飛びして、パリへ行ってみよう。『開高健のパリ』(集英社)を開くと、そこはもうパリの朝である。
雀の声で、朝、眼がさめる。旅館サン・ミシェル河岸にあって、窓をあけたすぐのところにノートル・ダム寺院がある。マロニエの木立がそれをとりかこみ、雀は朝の光が葉に射すといっしょにさわぎはじめる。
空気は爽やかで、気持よく乾き、涼しさに鋭さがある。冷えきったバターのように豊饒で、キリリとしまり、角がたっている。(後略)
パリでユトリロの絵画鑑賞ざんまいの日々を過ごしたあとは、船で旅をしてみよう。行き先はギリシャ。水先案内人は『のりものづくし』(中公文庫)の池澤夏樹さん。
エーゲ海は美しい。それはいうまでもない。見た目の美しさの奥に深い歴史を隠して、実にさりげなく日常生活があるのがいい。海の色に陶然としながら、テーセウスのことやミノア文明の崩壊のこと、デロス島の神殿のこと、サントリニ島の火山の大噴火、ヴェネツィアの艦隊のこと、いろいろなことが考えられる。
その一方で、村のおばさんと葡萄の収穫のことや、前夜食べたおいしい魚の料理法、観光客の行儀の悪さの話もできる。
こうやって島から島へと気ままに渡る一か月、場合によっては二か月か三か月、これがぼくの理想の船旅なのだが、実現は何十年先だろう。
エーゲ海で気ままな3ヶ月を過ごしたあと、今度は東京の島へ行ってみたくなった。羽田空港から飛行機で1時間、そこはまだ東京都ではあるけれど、わたしは八丈島に降り立っている。現地ガイドは『いきたくないのに出かけていく』(スイッチパブリッシング)の角田光代さん。
旅だ。完璧だ。自分が旅と一体化している。そのことの幸福に指の先までじわじわと満たされる。すごい。なんかすごい。あまりに満たされると、もうシンプルな感想しか出てこない。
でも同時に、私はすでに知っている。これは今ここでこの一瞬だけのまやかしみたいなもので、あとになって思い出すと、なんであんなに多幸感を覚えたんだろう? と首をかしげるようなことなのだ。明日にはすでに、今のことを思い出せば、馬鹿みたいだったな私、と思うに違いない。このじわじわくる万能感にも似た多幸感は、そのくらい、はかない錯覚なのだと知っている。旅だけが感じさせる錯覚である。
わたしの当初の計画では、日本で用事を済ませたあと、アメリカにもどるつもりだったのだけれど、その前に鉄道旅行をしてみようと思い立つ。『西の果てまで、シベリア鉄道で ユーラシア大陸横断旅行記』の著者、大崎善生さんに誘われて。
最初は何が起きたのかわからなかった。窓に額を擦りつけて外を眺めていると、列車が大きなカーブを曲がった瞬間に窓外が青一色に染め上げられてしまったのである。飛行機が進路を変えるために機体を預けた瞬間に小さな窓が空だけになってしまったときのようだった。
しかし、それは空ではなかった。窓一杯に広がる透き通るような青、それはシベリアのスチールブルーの青空を鏡のように映し出すバイカル湖。世界一の透明度と深さと水量を誇り、海と同じように向こう岸は見えない。そのすぐ岸辺を列車は走っていくのだが、行けども行けども人の気配はなく、湖には一艘の小舟すら浮かんでいない。ただ真っ青な湖が、ほとんど波もなくどこまでも広がるばかりなのだ。白樺林の中を三日間走り続けた末の、この圧倒的な色の鮮やかさと開放感には腰が抜けそうになった。(後略)
まだまだ行きたい国はある。アジアの国々へも行きたいし、アフリカへも、中近東へも、オセアニアへも、そして、アメリカへもどってきたあとにはカリブ諸島へも行きたいし、カナダやアラスカへも行きたい。そうだ、その前に北欧へ行って、オーロラを見たい。見たいもの、聞きたいもの、食べたいものがまだまだある。読む旅は、苦手ではない。いつまでつづけていても、疲れないし、飽きることもない。
けれどもそろそろ、夜も更けてきた。
わたしはアームチェアから離れてベッドへ向かう。『闇夜の国から二人で船を出す』(新潮文庫)を抱いて。人生という名の旅の案内人は、小池真理子さん。
去年の五月、一枚の絵葉書に目が吸い寄せられた。白い満月が中空にぽかりと浮き、仄明るい闇の中に船が停泊している写真のついた、そんな絵葉書である。生月大橋の白月、と題されていたと記憶している。
何の変哲もない写真だったが、その一枚の絵葉書が私の創作意欲に火をつけた。男と女。世界からの永遠の逸脱。烈しく求め合い、溶け合っていくことの中にこそ生まれてくる、死にも似た静けさ……。
平戸と生島月……。行ってみたい、行かなくては、と思った。そこに行けば、虚構の中の男と女に命が吹き込まれる、と信じた。物語が始まる、と信じた。